今回の解決事例で書かれている内容(目次)
オーダー衣類の販売
本件は衣料品の小売業者が顧客から過量販売による返金を求められた事例です。
相談者は、セミオーダーの衣類を顧客へ販売する小売店を経営していましたが、相談者が長年取引をしていた顧客の代理人である弁護士から通知がありました。
その内容は「これまでの取引が過量販売にあたる。そこで、未使用の商品の返品と引き換えに商品代金相当額約360万円を返金してほしい」というものでした。
通知をしてきた顧客(相手方)は、相談者にとって、30年来の顧客であり、それまで取引に関して不満をいわれたことはなく、良好な関係にあると信じていました。
そのため、相談者としては寝耳に水な請求で、混乱して相談に来られました。
消費者契約法第4条4項において、事業者が、消費者の購入量が、その消費者に通常想定される分量を著しく超えるものであることを知って販売した場合、消費者はその購入を取り消すことができる旨の規定が置かれています。「過量販売規制」、「過量販売解除権」と呼ばれる規定です。
本事件では、相談者と相手方の取引が過量販売と認定されるリスクが相当程度ありました。しかも、後述するとおり、もし過量販売にあたるとなった場合、返金が必要な額は約3400万円にのぼる可能性がありました。
それとは別に、相談者は、相手方が長年の顧客であり、あまり対決する姿勢では望みたくないという考えを持っていました。
ただし、相談者が相手方に販売した商品は、相手方のサイズに調整されているため、引き取ったとしても他に販売することは困難でした。そのため、相手方が要求してきた未使用商品の返品と交換に代金を返金する案では実質的に返金額がすべて相談者の負担となります。
そこで、弁護士から、相手方の代理人弁護士に連絡をいれて交渉し、結論として、商品の返品は受けないかわりに、未使用品の売買代金相当額の約半額となる180万円の和解金を支払うことで解決しました。
本事件の解決をするにあたって以下の1ないし3が考慮すべき点でした。
過去6年間の取引で相談者が相手方に販売した商品は約150着以上、代金は約3400万円でした。相手方は高齢であり、近年は代金を、一括で払えずに分割で支払ってもらうことが続いていました。また、本件紛争が発生した後にわかったことですが、相手方の収入は年金のみでした。
この衣類の販売が消費者契約法の過量販売解除権が発生する「過量販売」にあたるかどうかが問題となりました。
相手方は、相談者との過去6年分の取引について、過量販売であるとの主張をしていました。
しかし、消費者契約法の過量販売の規定は平成29年6月に施行されたものであり、この規定が施行された後に販売したのは、相手方の主張のうち2年分のみでした。
そこで、法律の施行前の取引について、消費者契約法に基づく過量販売解除権の主張が成立するかが問題となりました。なお、特定商取引法という法律にも過量販売の規定がありますが、今回は、店舗での販売であったため、特定商取引法の適用はない事案でした。
相談者にとって、相手方は30年以上にわたり取引をつづけていた顧客でした。そして、今回の要求を受けた後になって、相手方の収入が年金しかなく、洋服の買いすぎで生活費にも困る状況であることを知りました。
そのため、相談者は、過量販売といわれることには納得できないが、ある程度の和解金を払うことは問題ないとのお考えでした。
弁護士として、このような相談者の意向を踏まえて解決策を検討することにしました。
以下では、担当弁護士の見解について解説していきます。
過量販売にあたるとして返金請求が成立するためには、販売者である相談者が、相手方の購入量が相手方にとって通常想定される分量を著しく超えるものであることを知っていながら売買取引を行ったことが必要です。
そこで、販売者である相談者が、相手方にとって過量となることを知っていて販売をおこなったといえるかを検討しました。
相談者が相手方に衣類を販売してきた手順は次のようなものでした。
まず、相談者がセールをしたり、新製品を発売したりする場合に、相手方に対し案内を送ります。次に、それをみた相手方が来店して服を購入するというものでした。
相談者としては、長年の得意先であり、相手方に付け込んで大量に購入させるというような不当な目的をもって販売したことはありませんでした。
実際、相手方が来店して購入を希望した商品を販売しただけで、相手方が必要とする以上の物を買うように働きかけたつもりはありませんでした。また、大量に買っていただけるお客様であるとは思っていましたが、一人暮らしかどうか、収入がどの程度か、といった情報は把握していませんでした。
しかし、取引開始の頃はともかく、最近の販売量は、相手方が自身で着るために買う量としては明らかに多すぎるものでした。
その上、売買代金の支払が一括払いから分割払いになっており、収入についても余裕があるわけではないことを予見できる状態でした。また、実際の接客で、相手方が購入を迷っている商品について購入することを勧めた可能性はありました。
消費者契約法上、お客様の希望に沿うように販売しただけであり、事業者から購入をすすめることがなかったのであれば、過量販売解除権は発生しません。
しかし、本件については、相談者から積極的に購入を勧誘したと判断される可能性はありました。また、個人が購入する商品としては、明らかに多すぎる量であり、消費者契約法上の過量販売解除権が認められる可能性が十分ありました。
相手方は過去6年間の取引を問題としていたため、相手方が過量販売に該当する取引として主張した中には、消費者契約法の過量販売の規定が施行される前のものがありました。これらの取引は、消費者契約法により過量販売となることはありません。そのため、相手方に対し、施行以前のものについては過量販売規制の適用がないことは主張可能でした。
しかし、このような法律ができたということは、法律が施行される前から、過量販売が社会的に問題となっていたことを意味します。
そのため、法律が施行される前の取引であっても、過量販売にあたる場合は、公序良俗違反(民法第90条)など別の法令の規定により、契約が無効とされる可能性も皆無ではありませんでした。
もし、6年分全部について過量販売または公序良俗違反がみとめられたとすると、約3400万円の代金全額を返金しなければならなくなる恐れがあります。
対象となる金額が大きいため、交渉で解決できなかった場合は、相手方が訴訟を起こす可能性も高いと考えられました。
相談者は、相手方が長年の取引相手であることから、最初から解決のために金銭を支払うことは許容していました。しかし、相手方が提案してきた未使用品の衣類の返品には、次のような問題がありました。
まず、前述の通り、これらの衣類は、相手方の体型に合わせたセミオーダー品であり、引き取っても他の人に販売することは困難でした。また、使われている生地も相談者から見て、あまり需要がない柄のものでした。
そのため、返品を受けても、相談者にとって、販売できない在庫となってしまう可能性が高く、在庫として保管場所を圧迫する可能性すらありました。
しかし、相手方の要求に応じずに、交渉が決裂し、訴訟になった場合は、前述のとおり、最大で約3400万円もの返金が必要になるリスクがありました。
そこで、相手方の要求に対しては、相談者の行為は過量販売にあたらないので返品と引き換えに返金するという提案はうけられないと主張することにしました。そして、返品に応じない一方で、解決金として、相手方から要求された返金額の半額にあたる180万円を支払うことを相手の代理人弁護士に提案することとしました。
前記「(3)解決案の検討」で検討した提案を弁護士から相手方代理人弁護士に通知して交渉しました。また、相談者は、相手方との取引で相手方を騙して多く購入するように仕向けたなどの、おかしな商売をしたことはないと強くお考えでした。
そのため、和解提案は、過量販売の主張を認めるものではなく、これまで長い間よい取引関係があったことを考慮して、相談者が提示できる限度の金額を提案するものであるとの説明を追加しました。
相手方代理人との交渉の結果、相手方としてもこちらの提案を受諾するという回答に至り、和解契約書を締結することができました。
相談者は、今後、相手方から一切の返金請求をしないという約束と引き換えに180万円の支払をして、本事件は訴訟にならずに無事解決しました。
本件では、リスクはあるものの、過量販売の主張に対して、相手方の要望に答えて販売しただけであるとして、まっこうから争う方法もありました。
しかし、本事件の相手方は、紛争になるまでは、相談者にとって、大量に商品を購入されるお得意様でした。当人の必要量以上を販売した結果、生活にも困る状況になっていたという相手方の状況を知り、相談者としてもできることはしてあげたいとの考えでした。
そこで、正面から対立して争うことは避け、過量販売にはあたらないと主張するが、相手方へ何かしてあげたいとも考えていることを伝えることにしました。また、同時に、それらを考慮した解決案として、一定の和解金を支払うことによる解決を提案して交渉し、合意により解決することに成功した事例です。
消費者からの返金要求を受けた場合は、消費者契約法や特定商取引法の規定を十分確認し、訴訟になった時のリスクの程度を踏まえて、対応する必要があります。訴訟になる前の段階で弁護士にご依頼いただければ、訴訟に発展せずに交渉で解決できることがほとんどです。
もし、消費者からの返金要求があったときは、できる限り早い段階で、弁護士にご相談ください。
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