今回の解決事例で書かれている内容(目次)
本件は、会社代表者(相談者)が入居していた賃貸マンションの居室で漏水事故が発生した事案です。居室の浴室から漏水した結果、階下に被害が出てしまいました。この居室は社宅として相談者の会社が会社名義で賃借していたものでした。相談者は、漏水後に管理会社から、相談者に漏水の責任があるとして、被害の出た階下の住人とのやりとりをするように求められたほか、具体的な説明もないまま保険利用のための必要書類へのサインを求められました。
事故後に管理会社等が行った調査の結果、漏水の直接の原因は、浴室排水口の奥の部品が誤って取り付けられていたことにあったと判明しました。
相談者は、自身に責任があることが明らかであれば、誠意を持って階下住人に対応し、必要に応じて被害の弁償も行うつもりでした。しかし、漏水の原因は、浴室排水口の奥の部品が誤って取り付けられていたことであり、相談者には身に覚えのないものでした。にもかかわらず、相談者は、その後も管理会社から、漏水の責任が相談者にあることを前提とした要請をされ、約1か月にわたって管理会社とやりとりを続けており、相談者にとって大きな負担となっていました。
管理会社は、顧問弁護士に相談しながら対応しているなどと述べていたため、相談者も弁護士に対応を相談したほうがよいのではないかと考え、咲くやこの花法律事務所にご相談いただきました。
担当弁護士から管理会社に対して内容証明郵便を送付して、相談者には責任がなく管理会社の要請に対応する意思はない旨を通知した結果、管理会社から相談者に対する要請は行われなくなりました。
本件における主な争点は、以下の通りでした。
今回の漏水は、相談者が分譲マンションの一室を貸主から賃借しているときに発生したものでした。管理会社は、相談者が民法717条1項の「工作物責任」を負うと主張していました。
工作物責任とは、工作物の設置または保存に瑕疵(不備)があったことにより他人に損害を与えたときは、工作物の占有者が損害賠償責任を負うというものです。
▶参考:民法717条1項
(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
管理会社の主張は、相談者が階上の居室を占有していたところ、居室内の浴室の部品に不備があったため、相談者に責任があるというものでした。
争点は以下の3つであると考えられました。
上記のような争点を踏まえて、本事案の担当弁護士の見解を解説していきます。
担当弁護士は、以下のように主張して、管理会社の要請には理由がないと反論しました。
民法717条1項は、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵がある場合、その工作物の「占有者」が瑕疵によって生じた損害を賠償しなければならないと定めています。
ここでいう「土地の工作物」とは、土地に設置されている物のことを指し、分譲マンションのような建物も「土地の工作物」に含まれます。今回、浴室の排水口奥の部品が正しく取り付けられていませんでした。排水口奥の部品に何らかの不具合があれば、普通に浴室を使用していても、水が正しく排水されず水が溢れ出てくる危険性があったといえます。そのため、本件で浴室の排水口奥に「設置又は保存の瑕疵」(不備)があったことは明らかでした。
そこで、相談者が浴室排水口奥の部分を「占有」していたかどうかが問題となりました。過去の裁判例では、上階の床下に埋設されていた給湯管に不備があり、下階に漏水した事案で、上階の店舗を賃借していた賃借人について、不備のあった給湯管を含めて占有していたとして、民法717条1項に基づく損害賠償義務を認めた事案などがあります(東京地方裁判所判決平成20年3月31日)。このような裁判例も踏まえると、本件の相談者が排水口奥の部分を「占有」していたかどうかは重要な争点でした。
ここで、民法717条1項の「占有者」は、具体的な場合において瑕疵(不備)のある工作物から生じる損害の発生を防止することが期待される者をいうとした裁判例があります(東京地方裁判所判決平成25年2月12日)。
この点、弁護士が相談者に確認したところ、今回の事案には、以下のような事情がありました。
そこで、担当弁護士として、上記東京地方裁判所判決平成25年2月12日を踏まえ、「浴室の排水口奥の部品は、構造上も利用上も入居者が管理することが期待されるとはいえないから、相談者は浴室の排水口奥の部分を占有していない」という反論が可能であると判断しました。
民法717条1項は、第一次的には工作物の占有者が損害賠償責任を負うと定めています。しかし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意を尽くしたときは、占有者は責任を負いません(民法717条1項ただし書き)。
そこで、担当弁護士は、仮に相談者が工作物の「占有者」にあたるとしても、相談者が損害の発生を防止するための必要な注意を尽くしていたと反論することにしました。
過去の裁判例では、浴槽下及び浴室洗い場防水層に不備があり水漏れが発生した事案において、賃借人は通常の用法に従い使用していたこと、賃借人には修繕を行うことが困難であったこと、賃借人が賃貸人に対して速やかに水漏れ発生を連絡していること等を考慮して、賃借人の責任を否定した事案があります(東京地方裁判所判決平成27年3月17日)。
占有者がどの程度の注意を尽くせば責任を免れるかについて、明確な基準があるわけではありません。しかし、今回の事案で、相談者は、分譲マンションの居室を居室の区分所有者から借りている賃借人にすぎませんでした。占有者が負う注意義務の程度も、このような事情を踏まえて決まるべきです。
この点、分譲マンションの構成部分は、専有部分と共用部分に分けられます(区分所有法2条)。専有部分は、建物の構造上・利用上独立している居室などの部分です。共用部分は、専有部分以外の部分すべてを指し、階段や廊下、エレベーター室などの部分です。そして、分譲マンションの共用部分の管理は、法律上、分譲マンションの区分所有者が行うものとされています(区分所有法3条、31条等参照)。そうすると、分譲マンションの居室を借りているにすぎない賃借人は、共用部分を占有しているとしても、共用部分について求められる注意義務の程度は高くないといえます。
そして、担当弁護士が相談者からヒアリングを行ったところ、上記「(1)民法717条1項は適用されないことを主張した」に記載した事情に加え、次のような事情があると分かりました。
そこで、担当弁護士は、仮に相談者に民法717条1項が適用されるとしても、「漏水の直接的な原因となった排水口奥の部品は、共用部分にあたるから、居室の賃借人にすぎない相談者が負う注意義務の程度は高くない。そして、相談者は、損害の発生を防止するために必要な注意を尽くしていた。」という主張も可能であると考えました。
これに対して、管理会社は、排水口奥の部品を誤って取り付けたのは相談者である、管理会社が派遣していた水道業者がそのような過ちを犯すはずがない、と主張していました。しかし、そのことを裏付ける証拠はありませんでした。
そればかりか、相談者によると、相談者が今回の居室に引っ越してきた当初、本来浴室に取り付けられるべき部品が取り付けられていませんでした。また、脱衣所の排水口も清掃されていないままであったとのことでした。こうした不備は、後日、管理会社が派遣する業者によって改善されたようでした。
そこで、担当弁護士は、以上のような事実を踏まえると、管理会社や管理会社が派遣した水道業者には何も落ち度がないという言い分には全く説得力がないと反論することにしました。
担当弁護士として、以上のような検討と相談者からのヒアリング結果を踏まえて、管理会社に送るための内容証明郵便の通知書を作成しました。そして、通知書の中では、相談者には漏水事故の責任がなく管理会社の要請に応じる意向がないという結論と、その理由付けを端的に記載しました。
また、相談者は、階下の住人との関係性を悪化させるべきでないと考えていました。そこで、担当弁護士は、このような相談者の意向も書面に反映することとしました。具体的には、「相談者は、階下の復旧が速やかに進むことを望んでいる。復旧にあたって相談者の協力が必要であれば、具体的な説明を求める。」旨記載しました。このように記載しておくことにより、管理会社が階下の住人に対してこの通知書を見せたとしても、階下の住人に相談者が被害の復旧に協力的であったと理解してもらえるように配慮しました。
内容証明郵便を送ってから1週間ほど経過したころ、管理会社から担当弁護士宛てに、漏水事故の損害については居室の所有者(賃貸人)に対応してもらうことにしたという書面が送られてきて、本件は解決に至りました。
マンションの階上から漏水し、階下に被害が発生した場合、誰が法的責任を負うか判断が難しいことが少なくありません。賠償責任を問われたくないからといって、ただ単に「責任を負わない」と反論するのは適切とはいえません。管理会社や階下の住人との間で、将来紛争が発生・拡大する可能性などにも気を配りながら対応する必要があります。早期に弁護士に相談し、必要に応じて弁護士に交渉を依頼して対応することが適切です。咲くやこの花法律事務所でもご相談を承っていますのでご相談ください。
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今回は、「社宅として賃借しているマンションの階下への漏水事故について管理会社からの要請を諦めさせた事案」について、ご紹介しました。他にも、今回の事例に関連した不動産関係の解決実績を以下でご紹介しておきますので、参考にご覧ください。
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