今回の解決事例で書かれている内容(目次)
本件の相談者は、上場を視野に入れている会社であり、役員や従業員のモチベーションを上げるためにストック・オプションの発行を考えられていました。
ストック・オプションとは、役員や従業員が、あらかじめ定められた価格でその権利を行使することで、会社の株式を取得できる権利のことです。この「あらかじめ定められた価格」(付与を受けた役員・従業員らが、ストック・オプションの権利を行使して株式を取得する際に会社に払い込む価格)を「権利行使価格」といいます。
ストック・オプションの権利を行使したときの株価が、権利行使価格よりも高い場合、その差額を利益として得ることができます。ストック・オプションを付与された者は、その利益の上昇を目指して会社の株価を上げるモチベーションとなるため、役員や従業員のモチベーションを上げる目的でストック・オプションが発行されることが多いです。
ストック・オプションは、会社法上は新株予約権と呼ばれ、発行に際して会社法の手続的規制が存在します。相談者からは、ストック・オプションの発行に向けた法的アドバイスを求め、咲くやこの花法律事務所にご相談がありました
相談者の意向を踏まえたストック・オプションの発行方法の選択についてのアドバイスに加え、株主総会の議事録を作成したり、新株予約権の割当契約書を作成したりするなどのサポートを弁護士が行いました。また、相談者は、ストック・オプションについて、税制の優遇を受けられる税制適格ストック・オプションとすることを望まれていたため、税制適格ストック・オプションの要件を満たすためのアドバイスも行いました。
本件のポイントは、以下の3点でした。
ストック・オプションを適法に発行するためには、会社法で定められている様々な手続きを行わなければいけません。一つ一つの手続を漏れなく行うために、相談者には、ストック・オプション発行までの全体の大きな流れを把握していただく必要があります。そこで、まず弁護士から、ストック・オプションを発行するための全体の手続的な流れを説明させていただきました。
ストック・オプションには、「1.行使時における課税がない」、「2.譲渡時には譲渡所得として取り扱われるため相対的に税負担が軽い」、といったメリットのある制度として、税制適格ストック・オプションというものがあります。
この税制適格ストック・オプションとして扱われるためには、一定の要件があり、必要な手続きなども変わってくるため、ストック・オプションの発行にあたっては、あらかじめ税制適格ストック・オプションとするかどうかを検討しなければいけません。
相談者は、当初から、税制適格ストック・オプションを発行することを望まれていたため、弁護士から税制適格ストック・オプションの要件を満たすためのアドバイスを行いました。
ストック・オプションの発行に際しては、株主総会決議が必要であり、それに伴い株主総会議事録の作成も必要です。また、取締役に対してストック・オプションを発行する場合は、報酬に関する会社法上の手続きも行う必要が生じます。取締役にストック・オプションを付与することは、取締役に対する報酬に該当するためです。この場合、ストック・オプション(新株予約権)の発行に関して株主総会決議を行うだけでなく、報酬に関する決議もした上で、株主総会議事録を作成しなければいけません。
▶参考:非上場ベンチャー企業におけるストックオプション導入については以下でも解説していますのでご参照ください。
上記のようなポイントを踏まえて、本事案の担当弁護士の見解を解説していきます。
ストック・オプションの発行の具体的な手続きは、申込割当方式を採用するか、総数引受契約方式を採用するかによって異なります。
株主総会で決めた募集事項で申込みを募集してこれに応じた引受希望者に新株予約権を付与する方法が申込割当方式と呼ばれ、これが原則的な方法です。これに対し、このような募集→申込みの手順を経るのではなく、全ての新株予約権をあらかじめ契約で決めた人に対して付与するのが総数引受契約方式です。
前者の申込割当方式で、ストック・オプション(新株予約権)を発行するための手続としては、会社法上、以下の手続きを経る必要があります。
一方、全ての新株予約権をあらかじめ契約で決めた人に対して付与する総数引受契約方式を採用する場合については、会社法244条1項が、上記のうち申し込みや割当てに関する会社法の規定を適用しない、と定めています。この契約は総数引受契約と呼ばれます。1人の引受人に全て付与するのではなく、あらかじめ契約で決めた複数人に対して全ての新株予約権を付与する場合も総数引受契約にあたります。総数引受契約を締結する場合には、上記手続のうち「⑵~⑸」を省略し、その代わりに、総数引受契約の承認の株主総会決議(取締役会設置会社の場合取締役会決議)を経たうえで、引受予定者との間で総数引受契約を締結することで足ります(総数引受契約方式)。
この場合の注意点として、契約書が1通である必要はないものの、実質的に同一の機会に一体的な契約で募集新株予約権の引受けが行われたものと評価し得るものであることを要します。これを満たすためには、1通の契約書に会社及び引受人の全員が記名押印する方法や、契約書を引受人ごとに複数に分けるとしても契約書中に同時に引き受ける他の者の氏名を記載する方法などの工夫が必要となります。その結果、いずれにしても、総数引受契約方式とする場合には、割り当てを受ける者は、その他の割当てを受ける者の氏名や引受数を知ることになります。
税制適格ストック・オプションの要件を満たすためには、いずれにしても新株予約権の割当契約書を作成しなければいけなかったことから、当初、弁護士からは総数引受契約方式による手続をご案内しました。
しかし、相談者からは、新株予約権を発行するに際して、割り当てを受ける者の氏名や引受数が、他の割当てを受ける者にはわからないようにしたいとの要望がありました。前述のとおり、総数引受契約方式であれば、その他の割当てを受ける者の氏名や引受数が知られることになります。そのため、総数引受契約方式を断念し、株主総会で決めた募集事項で申込みを募集してこれに応じた引受希望者に新株予約権を付与する申込割当方式で進めていくこととなりました。
なお、申込割当方式であっても、新株予約権者の氏名や数が記載された新株予約権原簿は、株主及び債権者が請求することでいつでも閲覧できることになっています(会社法252条)。そのため、新株予約権原簿の閲覧を請求されることで、新株予約権者の氏名や数を知られてしまう可能性はありますが、このことを相談者にご説明したうえでご納得いただいて、申込割当方式を採用しました。
通常、ストック・オプションについては、その権利を行使したときと、権利を行使して取得した株式を譲渡するときの2回課税されます。しかし、税制適格ストック・オプションであれば、権利を行使したときの課税がなくなります。
この税制適格ストック・オプションは、一定の要件を満たしたときに課税の負担を減らすことで、ストック・オプションの制度の普及を促進するために導入されたものです。税制適格ストック・オプションとするための要件については、租税特別措置法29条の2に定められています。
具体的な要件は以下のとおりです。
上記の要件のうち、ストック・オプションを役員や従業員に与える場合、「⑶~⑻」までの要件については、会社と新株予約権者との間の新株予約権割当契約において、定める必要があります。
そこで、弁護士において、上記各要件を満たした新株予約権割当契約書を作成することで、ストック・オプションの発行をサポートしました。
新株予約権割当契約書には、新株予約権の内容も記載することになります。新株予約権の内容として、新株予約権の行使条件も定める必要がありますが、ここはそれぞれの会社での個性が出るところです。今回、相談者は上場を視野に入れていたため、行使条件として、付与日後2年経過後も、会社が上場していなければ行使できないという条件を追加しました。
相談者の会社は、取締役会を設置していませんでした。また、相談者は、取締役に対してストック・オプションを発行する予定であり、かつ前述の通り申込割当方式を選んだため、必要となる株主総会決議は以下のとおりでした。
注意を要するのは、上記⑵の取締役の報酬等についての株主総会決議です。取締役にストック・オプションを付与する場合、そのストック・オプションは取締役に対する報酬に該当するとされています。そして、取締役に対して報酬を与える場合には、その報酬について株主総会の決議で決めなければならないことになっています(会社法361条1項)。これは、取締役自身に取締役の報酬を決定する権限を与えてしまうと、報酬の額などを自分が有利になるように決定する危険があるため、これを防止するために取締役会ではなく株主総会で決めることになっているのです。
ストック・オプションを取締役に付与する場合には、この株主総会決議を忘れないようにしなければいけません。
株主総会を開催する場合、株主総会議事録を作成することは義務付けられています(会社法318条1項)ので、弁護士において、上記の各株主総会の議事録を作成することでサポートしました。
相談者の会社は、社長が会社の株式を100%保有しており、その他の株主はいなかったため、手続きを簡便にするために、実際には株主総会を開催しない書面決議の方法を採用しました(会社法319条1項)。そのため、議事録の作成にあたっても、通常の議事録ではなく、書面決議による株主総会議事録を作成するようにしました。
ストック・オプションの発行に当たっては、様々な会社法の定めが関わっており、どのような手続きを行えばよいのか判断が難しいことが少なくありません。また、税制適格ストック・オプションを発行する場合には、租税特別措置法の規定も関わってくるため、より複雑です。
特に、新株予約権割当契約書や株主総会議事録の作成に当たっては、法律の要件を満たしていなければ、ストック・オプションの発行が認められなかったり、税制適格ストック・オプションと認められなかったりと不利益が大きいため、弁護士にご相談いただくことが適切です。咲くやこの花法律事務所でもご相談を承っていますのでご相談ください。
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・会社法
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