今回の解決事例で書かれている内容(目次)
本件は、業務成績の悪い取締役の解任について相談いただきサポートをした事案です。
この取締役は、会社において労務管理や営業等を担当していました。しかし、仕事に対する熱意を失ってしまい、通常の従業員と比べても営業成績は非常に低い状態でした。
一方で、取締役であるため、出退勤時間の自由が認められていました。そのため、従業員は朝早くから出社しているにもかかわらずこの取締役だけがお昼頃にのんびり出社したり、昼間に外出しどこにいるのかが分からないことが頻繁にありました。また、取締役として高額な役員報酬を得ていました。
このような取締役の態度に対して、不満を感じる従業員も少なくありませんでした。まして、この取締役は労務管理の一端を担っており、従業員の給与額などに対し、意見を述べることもありました。
この取締役は役員報酬に見合う働きをしておらず、他の従業員のモチベーション低下や離職に繋がりかねない状況でした。会社としても長年頭を悩ませており、今後の対応についてご相談をいただきました。
ご相談の時点で、会社としては、この取締役に退任してほしいという意向をもっていました。その後、弁護士が、会社から継続的に相談を受け、退任に向けた手続をアドバイスしました。これにより、最終的には、取締役から退任させるに至りました。
以下では、問題解決において弁護士が取り組んだ課題について詳しく解説していきます。
取締役が退任となる理由には、主に次の3つがあります。
一つ目は、「任期満了による退任」です。取締役は、会社法または定款で定められた任期が満了し、再任されなければ退任となります。本件で、弁護士が会社に対し、問題の取締役の任期がいつまでかを確認したところ、約3年の任期が残っているとの回答でした。
二つ目は、「辞任」です。取締役は、任期中、いつでも辞任できるとされています(会社法330条、民法651条1項)。もっとも、問題の取締役は、仕事への熱意を失っている一方で、出退勤の自由が認められ、高額の役員報酬を受け取っていました。そのため、本件の取締役に辞任を求めても、応じる可能性は低い状況でした。
三つ目は、「解任」です。取締役は、任期中、いつでも株主総会の決議により解任することができます(会社法339条1項)。この決議は、定款に特別の定めがなければ、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、かつ、出席した株主の議決権の過半数をもって、可決することができます(会社法341条)。本件では、取締役を解任するために、株主の過半数の賛成を得ることは可能でした。
もっとも、正当な理由なく、任期中に解任された取締役は、会社に対して損害賠償請求をすることができます(会社法339条2項)。この場合の損害額は、残りの任期中に得られるはずであった役員報酬の金額が基準となります。
訴訟において解任の正当な理由が認められるためには相応のハードルがあり、本件では、解任の正当な理由まで認められるのかどうかは、疑問がありました。そして、万一正当な理由がないと判断された場合、会社はこの取締役に対して高額な損害賠償責任を負うことになります。会社として、長年悩まされてきた取締役に対して、高額な損害賠償金を支払うことは、受け入れがたいものでした。
▶参考情報:取締役の解任については以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご参照ください。
このように当初はいずれの方法によっても、すぐに取締役を退任させることは難しいと思われました。しかし、弁護士が定款等の資料を確認すると、この取締役を含む役員の任期がすでに満了していることが判明しました。
取締役の任期は、定款等で何も定めていなければ、2年です(会社法332条1項)。
もっとも、取締役の任期を2年とした場合、2年毎に株主総会で再任の決議を行い、再任(重任)の登記をする必要があります。今後も取締役が変更になる可能性の低い中小企業においては、このような手続を2年毎に行うのは面倒です。そこで、会社によっては、定款で取締役の任期を10年に変更している場合があります(会社法332条2項)。本件の会社の代表者も、当初は、会社の任期を10年に変更していると考えていました。実際、代表者と司法書士との間で、取締役の任期を10年に変更する旨の話合いもしていたようです。
通常、取締役の任期は定款に記載されています。弁護士がこの会社の定款を確認したところ、5年となっていました。この任期を10年に変更するためには、株主総会の特別決議により、定款を変更する必要があります。しかし、弁護士が確認したところ、本件ではこのような株主総会の特別決議はなされていませんでした。
結局、この会社では任期を10年とするために必要な手続はとられておらず、5年のままとなっていました。つまり、会社の代表者は、任期を10年に変更することを検討していたものの、実際には変更せず宙ぶらりんの状態になっていたのです。
このように任期が5年のままであるとすれば、本件で問題となっていた取締役を含むすべての取締役の任期が満了していることになります。そうすると、取締役が一人もいない会社となってしまいます。本件の会社は取締役会設置会社でした。取締役会設置会社では、最低3名の取締役が必要であるとされています(会社法331条5項)。取締役が一人もいないということは想定されていません。
このような場合、新たな取締役が就任するまでの間、任期満了等により退任になった取締役が、引き続き取締役としての権利義務を有するとされています(会社法346条1項)。これを「権利義務取締役」といいます。本件の会社の取締役の任期は2年前に満了しており、それ以降は権利義務取締役として活動していたことになります。
権利義務取締役は、新たに取締役が就任されれば、その地位を失います(会社法346条1項)。そこで会社は、新たな取締役3名を選任することで、問題の取締役に退任してもらうこととしました。
なお、会社法上は、取締役の任期が満了した場合は、遅滞なく後任の取締役を選任する必要があります。これを怠った場合は、上限を100万円とする過料の制裁が定められています(会社法976条22号)。上記の方針は、会社が取締役選任を怠っていたことを自認するものであり、過料の制裁というリスクを伴います。
もっとも、上記の方針をとるかどうかにかかわらず、任期満了後に後任の取締役を選任していなかったという事実は変わりません。また、本件の会社は、長年、問題の取締役に悩まされていました。そのため、過料の制裁を覚悟したうえで、上記の方針をとることとしました。
新たな取締役を選任するには、取締役会で株主総会を開催することを決議した上で、株主総会で新取締役の選任を決議する必要があります。
本件では問題の取締役は、会社の株主でもありました。そのため、この取締役は、取締役会にも株主総会にも出席し、自分以外の者を新たな取締役とすることに反対することが予想されました。
仮にこの取締役が株主総会で反対しても、他の協力株主の賛成により議案を可決することは可能でした。もっとも、取締役会や株主総会の手続に法令違反等があれば、後日、この取締役から訴訟等で違反を指摘される可能性もありました。そのため、不備がないよう慎重に手続を進める必要がありました。
中小企業の場合、取締役会や株主総会の運営に慣れていないことも多いです。そのため、単に弁護士が「株主総会で新しい取締役3名を選任してください。」とだけ言ったのでは、どのように進めればいいのか迷ってしまうこともあります。本件では、弁護士が取締役会や株主総会の運営を細かくサポートしました。
主な注意点として、次のような事項が挙げられます。
取締役会の日時と場所を決めた上で、原則として取締役会の1週間前までに、招集通知を送る必要があります(会社法368条1項)。
招集通知の方法については、会社法上、特に規定されていません。もっとも、本件のように対立する取締役がいる場合は、書面や電磁的方法により記録に残すことが適切です。本件ではメールで招集通知を送付し、記録に残しました。
取締役会では、株主総会の日時や場所、議題などを決議します。
非公開会社の場合、原則として株主総会の1週間前までに株主に招集通知を発送する必要があります(会社法299条1項)。なお、いわゆる中小企業の大半は、非公開会社に当たります。
本件では、問題の取締役が取締役会に出席しました。そのため、取締役会が終わってすぐに、その取締役に株主総会の招集通知を手渡し、他の株主にも発送しました。
株主総会の当日は、新たな取締役の就任について決議をする必要があります。本件では相手方の取締役も株主という立場で株主総会に出席していました。本件で最も注意が必要だったのが、この株主総会の運営でした。
会社法上、株主総会の決議方法が法令・定款に違反するときや著しく不公正なときは、原則として株主総会の取消事由になります(会社法831条1項1号)。そして、会社法では取締役の株主に対する説明義務が定められています(会社法314条)。そのため、この説明義務を尽くしていないとせっかく株主総会で決議をしたにもかかわらず、取消しとなるおそれがありました。
一方で、問題の取締役からは、必ずしも建設的ではない質問がなされる可能性がありました。会社法上も、そのような質問すべてに応えることまでは要求していません。建設的ではないやり取りが続くと、出席したほかの株主の印象も悪くなってしまいます。
そのため、どの程度、問題の取締役からの質問に回答すべきかの判断が重要でした。
そこで、株主総会の流れや、想定される質問への回答については、事前に弁護士と会社との間で入念な打合せを重ねました。また、株主総会の当日も弁護士が同席し、やっかいな質問については、その場で議長に回答を助言するなどしました。
担当した弁護士の見解は、以下のとおりです。
問題のある取締役に退任を求めたい場合、まずは残りの任期を確認する必要があります。残りの任期が数か月程度であれば、任期満了を待ち、その後再任しないということで対応が可能です。
これに対して、かなり任期が残っているが、早く辞めてもらわないと困るという場合もあります。そのような場合は、辞任を求めたり、リスクをとって解任したりすることを検討しなければなりません。
また、本件のように既に任期が満了しているにもかかわらず、再任の手続がなされていないという場合もあります。株主総会をほとんど開催してこなかった中小企業では、かなり前に選任された取締役が任期満了後も引き続き業務を遂行しているということは珍しくありません。このような場合には、後任の取締役を選任(再任)することで、再任されなかった取締役に退任してもらうという方法も検討すべきです。
このように残りの任期等も踏まえて、退任してもらうための適切な方針を立てることが重要です。
とりわけ本件のように問題の取締役が株主でもある場合は、法令や定款に従って、株主総会等の手続を行うことが重要です。
もしこの手続に不備があると、株主総会の決議が取り消される可能性があります。せっかく問題の取締役に退任してもらったにもかかわらず、その手続が取り消されてしまっては意味がありません。また、会社側の心情としても、取締役の問題が大きかったにもかかわらず、株主総会等の運営という手続面で決議が取り消され、敗訴してしまうことは納得しがたいはずです。
この手続を適切に行うためには、会社法等の法令や自社の定款を読み込んだうえで、それらを遵守する必要があります。もっとも、会社法の知識がなければ、法律の条文や定款の内容を正確に理解することは難しいです。そのため、取締役会や株主総会の手続は、弁護士のサポートを受けることが適切です。
本件では、上記のような対応の結果、トラブルなく問題の取締役を退任させることができました。
当初、取締役会で退任の話が出たときは、この取締役はかなりの難色を示していました。しかし、その後も会社は、弁護士のサポートを受けながら毅然とした態度で手続を進め、法令・定款等を遵守した丁寧な株主総会の運営を行いました。その結果、株主総会が終わるころには、この取締役も観念した様子でした。
この取締役は会社の株式も持っていました。株主総会後に会社が株式の買い取りの話をしたときは、素直に買い取りに応じ、スムーズに手続が進みました。
取締役に退任を求める場合は、適切な方針を立てること、そのうえで株主総会等の手続を実施する場合は不備がないように進めることが重要です。問題のある取締役を退任させたい、解任したいという場面で、対応にお困りの場合は、専門家である弁護士にご相談ください。
咲くやこの花法律事務所でもご相談をお受けしていますのでぜひご利用ください。
▶参考情報:この解決実績の記事内で紹介している「会社法」の条文については、以下をご参照ください。
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