今回の解決事例で書かれている内容(目次)
「プラスチック加工業」の事例です。
本件は、他の従業員に対して日常的にパワハラをおこなっていた従業員(対象従業員)を会社が解雇したが、その後対象従業員から解雇が無効であると主張され、弁護士において交渉をおこなった事案です。
対象従業員は、他の従業員に対して日常的にパワハラを行っており、それにより従業員が退職したということもあった状況でした。会社からは、対象従業員に対し、パワハラについて、繰り返し、注意や指導を行っていましたが、対象従業員に明確な改善は見られませんでした。
そのため、会社として、対象従業員を、やむを得ず解雇したところ、対象従業員に弁護士(相手弁護士)が就いて、不当解雇であると主張して、解雇の撤回及び解雇日以後の賃金の支払いを請求してきました。また、不当解雇で精神的苦痛を受けたとして慰謝料も請求してきました。
そこで、会社から、相手弁護士からの主張への対応方法について、咲くやこの花法律事務所までご相談いただきました。
本件ではパワハラについて、ビデオや録音のような客観的な証拠はありませんでしたが、行為自体は他の従業員も見ている前で行われており、社内では公然の事実でした。パワハラについて社内で被害申告があったときは会社はパワハラについて調査する義務がありますが、本件では、これに基づき、会社は各従業員から文書で、対象従業員によるパワハラ行為についてのヒアリング調査を実施していました。
▶関連情報:そもそもパワハラとは、どのような種類があるか、判断基準についてなど、基本的な知識は以下の記事で網羅的に解説していますので、こちらもあわせてご参照ください。
咲くやこの花法律事務所がご依頼を受け、相手弁護士に対して解雇の有効性を主張しつつ、訴訟に発展して紛争が長期化することは避けたいという依頼者の意向を踏まえ、相手弁護士との交渉による解決により、訴訟を回避することを目指しました。
その結果、会社から4か月分の給与相当額を支払うことと引き換えに、対象従業員に退職を承諾させ、合意による解決に至りました。
問題解決における争点は、以下の点でした。
会社が対象従業員に交付した解雇通知書には、解雇理由が詳細には明記されていませんでしたので、まず、解雇の理由をしっかりと会社側から主張するために、解雇理由を詳細に明記した書面の作成が必要でした。
訴訟を回避し、合意での退職を目指すにあたっては、一定の金銭の支払いを提示せざるを得ません。特に労働者側に弁護士が就いている場合、交渉での解決ができなければ実際に訴訟が起こされる可能性が高いといえます。さらに、交渉相手が弁護士である以上、特にパワハラを理由とする解雇事案では、訴訟になった場合に会社の敗訴可能性が相当程度高いことや、会社が敗訴した場合に多額の金銭の支払いが得られることを、通常は認識しています。
そのような労働者側の弁護士を相手にしながら、いかに会社側の金銭的な負担をおさえつつ、合意による解決を実現するかが重要になりました。
上記のような争点を踏まえて、本事案の担当弁護士の見解を解説していきます。
咲くやこの花法律事務所では、多くの会社が、「咲くや企業法務.NET」の解説記事を見てご相談にお越しになります。本件の会社も、「咲くや企業法務.NET」の解説記事を見てお問い合わせいただき、ご相談に来られました。
▶参考情報:中小企業の実践で活用できるお役立ち法律メディア「咲くや企業法務.NET」
担当弁護士として、会社からご相談をお受けして、まず、解雇が正当な理由によるものと裁判所で認められそうか否かを検討しました。特に、解雇の理由となるパワハラの言動について、録画や録音といった客観的な証拠が無い場合には、裁判に発展するとその言動を証明出来るかどうかという点について、相応のハードルがあります。解雇が有効とされるためには、「客観的に合理的な理由」が必要とされています(労働契約法第16条)。そのため、解雇理由としたパワハラが証明できなければ、会社が裁判で負けてしまいます。
▶参考情報:解雇が正当な理由によるものかどうかについては、以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
また、パワハラ的な言動があったことを証明できたとしても、暴力を伴わないパワハラについて解雇が有効と認められるためのハードルは以下の例からもわかるように高いものになっています。
国立大学で部下9名のうち5名からパワハラ被害の申告があり、多くの部下が退職あるいは精神疾患に罹患するなどしたことを理由に、教授を懲戒解雇したケースについて、処分が重すぎるとして懲戒解雇無効と判断され、大学が約1900万円の支払と雇用の継続を命じられました。
社会福祉法人において、特定の職員について1か月間に11名もの大量退職の原因になった旨の匿名の投書があり、これを受けて調査し、この職員を懲戒解雇したケースでは、証拠上パワハラは認められないとして懲戒解雇無効とされ、法人が約1100万円の支払と雇用の継続を命じられました。
さらに、裁判に発展すれば、紛争が長期化し、対応には相応の弁護士費用も必要になります。
本件では、相談時に弁護士からこれらの点を会社に説明したところ、会社としては一定の金銭の支払いをしてでも早期に解決し、訴訟に発展して紛争が長期化することは避けたいとの意向でした。そこで、訴訟リスクを回避する観点から、合意での退職に関する交渉を弁護士が会社の代理人としておこなうことになりました。
パワハラを理由とする解雇の注意点や裁判例は以下で解説していますのでご参照ください。
合意での退職に関する交渉をおこなうとしても、まず、解雇の有効性をしっかりと主張することが重要です。対象従業員に会社の認識している事実関係や会社の主張を認識させることはもちろんですが、相手弁護士にもその事実関係を認識してもらい、訴訟になった場合は解雇が有効であるという会社の具体的な反論が出てくることを理解させたうえで、退職条件の交渉に臨ませることで、対象従業員側の譲歩を引き出すことが必要です。
本件でも、弁護士が詳細な解雇理由を明記した書面を作成して、相手弁護士宛てに送付し、その書面の中で解雇が正当であることを主張しました。
この点、本件では、会社は、解雇に至る前に、対象従業員のパワハラの言動について、目撃者である他の従業員からのヒアリングを書面で行っていました。具体的には、各従業員に対し、対象従業員の不適切な言動について、いつ、どこで、具体的にどのような言動があったのかを明示した文書を提出するように求めて、提出を受けていました。そして、そのヒアリング文書を証拠として保管していました。
パワハラの言動について、録画や録音といった客観的な証拠はなかったため、このヒアリング文書が重要になりました。相手弁護士宛ての書面では、対象従業員のパワハラのこのヒアリング文書の内容を踏まえて、解雇に至る経緯や解雇の理由となるパワハラの言動等を、出来る限り具体的に明記した書面を作成しました。
このように、本件ではハラスメント調査を行い、その結果を証拠化していたことが、裁判前の交渉を有利に進めるうえで重要になりました。
ハラスメントの調査方法や証拠の集め方については以下でご説明していますのでご参照ください。
退職の条件について相手弁護士と交渉する場合に、会社側が主導権を持った形で交渉を進めていき、会社として了解できる範囲の金銭負担で合意に至ることが出来るようにするためには交渉戦略の検討が必要です。
本件では、種々の状況を考慮して検討した結果、会社側から先に退職条件案を示すことにしました。具体的には、会社として了解できる条件を明記した退職合意書案を作成して、解雇理由を明記した書面と共に、相手弁護士宛てに送付しました。これによって、当方が作成したこの退職合意書案をベースとして、その後の退職条件に関する交渉が展開されるようにしました。
その結果、当初対象従業員は、解雇日以後の給与、慰謝料の支払いを要求し、最低でも6ヶ月分の給与相当額の支払いを求めていましたが、当方が解雇の有効性(理由)の主張を踏まえて、強気に交渉をおこなうことによって、最終的に4か月分の給与のみを支払うことで対象従業員が納得するに至りました。
さらに、退職合意書案には、今後対象従業員から別の新たな請求を受けることを避けるために必要な条項を盛り込みました。
条項の一つとして、「本合意成立にあたり協議又は交渉された事項であるか否か問わず、・・・本合意書に定めるものの他に何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する」という条項(いわゆる「清算条項」)を設けました。
このように明記することで、対象従業員から退職後に未払い賃金やハラスメント等を理由として新たに金銭請求してくるといった事態を予防しました。
なお、清算条項としては、例えば、より具体的に、「本合意成立にあたり協議又は交渉された事項であるか否か問わず、また未払い賃金、安全配慮義務違反にかかる損害賠償請求、その他理由の如何を問わず、また現在顕在化している紛争に関するものか否かを問わず、・・・本合意書に定めるものの他に何らの債権債務が存在しないことを相互に確認し、今後互いに相手方に対し、何らの請求もしない」と明記する方法もあります。
このようにして退職合意書を取り交わし、合意での退職となり、解決に至りました。
本件では、会社において、パワハラの言動の目撃者である各従業員に書面でヒアリングを実施しており、その書面を証拠として、解雇の有効性(理由)の主張をおこなうことが出来ました。最終的に合意での退職となりましたが、解雇の有効性(理由)の主張をきっちりおこなうことができた点が、退職条件の面で従業員側の譲歩を引き出せたことにつながりました。その意味で、ヒアリングをしっかりおこなえていたことが、重要であったと思います。
ヒアリングはハラスメント被害の訴えがあった後、出来る限り早期におこなうことが望ましく、最終的には、書面のようにヒアリングの内容が記録として残るようにすることが必要です。また、ヒアリングの内容についても、のちに裁判の証拠とできるように、いつ、どこで、具体的にどのような言動があったのか等、詳細な情報が盛り込まれることが重要になります。咲くやこの花法律事務所では、弁護士がこのヒアリングに関するアドバイスを行ったり、弁護士がヒアリングを担当させていただくことも可能ですので、お問い合わせください。
また、本件のように交渉による解決を目指す場合も、解雇が有効である(理由がある)と主張する書面をしっかり作ることが、交渉を相手のペースに持ち込まれず、会社側主導で行うために重要なポイントになります。特に、労働者側弁護士から不当解雇の主張をされると、解雇を撤回するか、あるいは、訴訟において争うかの選択しかないと考えがちですが、交渉により訴訟を回避しつつ退職も実現することは十分に可能です。
咲くやこの花法律事務所では、解雇前の事前相談はもちろん、解雇後に不当解雇の主張がされた場合に、その事案に応じたアドバイスや代理人としての対応をおこなうことが可能ですので、お問い合わせください。
咲くやこの花法律事務所の労働問題・労務トラブルに強い弁護士への相談は以下をご参照ください。
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今回は、「日常的にパワハラをする社員を解雇したところ、不当解雇であるとして金銭請求されたが、弁護士が交渉して退職合意と訴訟回避した事例」について、ご紹介しました。
パワハラをする社員の解雇に関するお役立ち情報は、以下でご紹介しておきますので、参考にご覧ください。
・パワハラ発生時の対応は?マニュアルや対処法、流れについて解説
・パワハラに強い弁護士にトラブル解決を依頼するメリットと費用の目安