今回の解決事例で書かれている内容(目次)
本件は、派遣会社から労働者派遣契約書のリーガルチェックをご依頼いただき、あわせて、弁護士が、派遣社員が派遣先で金銭を取り扱う際の覚書を作成した事案です。
事件の詳細は、以下のとおりです。
まず、労働者派遣契約には、以下の2種類があります。
継続的に派遣先に派遣社員を派遣する場合、派遣会社と派遣先の取引の基本となる事項を定めるものです。
以下のような項目が記載されることが通例です。
派遣会社にとっては、派遣料金の支払条件を明確にし、派遣先からの損害賠償のリスクを軽減するという観点から重要な契約書になります。
派遣社員を派遣する際に、個別に派遣の条件を記載するものです。
労働者派遣個別契約書については、労働者派遣法第26条で記載内容が決まっています。
そのため、必ず作成しなければなりません。
このうち、「(1)」の労働者派遣基本契約書は、派遣会社のひな形をベースに作成される場合が多いです。しかし、派遣先が大手の場合や派遣社員を多く受け入れている場合は、派遣先からひな形が提供されることがあります。この場合、派遣先の提供する労働者派遣基本契約が妥当な内容かどうか、派遣会社の立場に立った慎重なリーガルチェックが必要です。
今回は、派遣先作成の労働者派遣基本契約について、依頼者である派遣会社の立場で弁護士がリーガルチェックを行いました。
今回の記事で取り上げるのは、リーガルチェックの際に問題となった条文の1つである、以下の契約条項です。
派遣先が、派遣社員に現金、有価証券、その他これに類する証券及び貴重品の取扱いをさせる必要がある場合には、派遣先の管理監督責任のもと派遣先派遣会社間で別途定める。
それでは、詳しく見ていきましょう。
派遣先から提示された労働者派遣基本契約書には、派遣社員が取り扱う金銭の額や、横領などの不正が発生したときに派遣会社が負担する損害賠償額の上限の記載がありませんでした。
そのため、派遣会社として青天井に責任を負う危険がある内容になっていました。
そこで、リーガルチェックの際に弁護士が、現金、有価証券、その他貴重品等の取扱いに関する覚書を作成し、派遣社員が取り扱う現金の上限を10万円としました。
そのうえで、派遣会社が負担する損害賠償の上限も10万円とすることにより、派遣社員が横領等をした場合、派遣会社が責任に上限を設けることができました。
今回問題となった金銭の取扱いに関する契約条項では、以下の点が重要なポイントになりました。
ポイント1:
契約書で「別途定める」と記載されている場合の注意点
ポイント2:
派遣社員が派遣先で横領した場合、派遣会社に責任はあるのか
ポイント3:
派遣従業員が金銭の取扱いをする場合、賠償リスクを軽減する方法
ここでは、本件に関する担当弁護士による見解をご説明します。
契約書で「別途定める」とだけ記載されている場合、これは何も決まっていないのと同じです。
前述の契約条項では、派遣社員に現金などの取扱いをさせることが認められるかどうかもはっきりしません。また、契約条項には「派遣先の管理監督責任」と記載されていますが、これだけでは、派遣先が負う責任の具体的な内容は内容が分かりません。
契約書というのは、ルールを明確にするためのものですから、「別途定める」という記載は望ましくないのです。
これは、労働者派遣基本契約に限らず、全ての契約書に共通する鉄則です。単に「別途定める」とするだけでなく、どのようなルールにするか、明確にし、書面にまとめ、合意する内容に修正する必要がありました。
では、何もルールを決めずに、派遣社員が派遣先で横領した場合、派遣会社に責任はあるのでしょうか。
結論から言えば、派遣会社に賠償責任が認められるケースがあります。
例えば、東京地方裁判所平成8年6月24日判決は、派遣社員が、銀行から引き出した現金266万6703円を横領し、派遣先に損害を与えた事案です。
本来、悪いのは派遣社員ですが、派遣社員は横領後行方不明になったので、派遣先は、派遣会社に対して、損害賠償請求をしました。
これについて、裁判所は、派遣会社が派遣先に対して、266万6703円を支払わなければならないと判断しました。
この事例では、実は、派遣会社は、派遣社員に金銭の取扱いをさせないという取扱いをしていました。しかし、本判決の労働者派遣基本契約書に「派遣社員には金銭の取扱いをさせないこととする」という条項が入っていなかったのです。
これは、派遣会社のミスでした。
労働者派遣基本契約書に金銭の取扱いに関して限定がされていない場合、派遣社員が派遣先に対し損害を与えた場合、下記の民法第715条1項により派遣会社が上限なしに賠償責任を負うことがあります。
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
この民法715条1項本文によれば、派遣会社は、派遣従業員が横領などの不正行為をした場合、派遣先が被った損害を賠償する義務を負います。
なお民法715条1項ただし書では、「相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」は、責任を負わないとされています。しかし、実際に民法715条1項ただし書が適用され、責任が否定されるケースはほぼありません。
派遣社員は、派遣先で働いているので、不正をしないように、派遣会社が管理することは現実的に不可能です。
そのため、金銭の取扱いや横領事件が起こった場合の派遣会社の賠償責任については、限定を加える必要があります。
本件では、労働者派遣基本契約書とは別に覚書を作成し、以下のとおり限定を加えました。
現金以外には、宝石、有価証券などが考えられますが、これらは高額になることも多く派遣社員には取り扱いをさせない内容にしておくことが、派遣会社のリスク回避のために有効です。
この点については、1回当たりなのか10万円なのか、それとも派遣期間内の合計額が10万円なのかも明記することが必要です。
ここは、相手方と協議が必要なところですが、派遣会社としてどの範囲までリスクをとることができるかの問題となります。
損害賠償の額には必ず上限を設定しておくことをおすすめします。
例えば、覚書で上限を10万円としていたのに、口頭で100万円に変更されたと主張されるなどして、後日紛争にならないようにすることが必要です。
本件では、派遣会社が派遣社員の横領などの際に際限なく賠償責任を負うことになりかねないような内容で労働者派遣契約書が提示されていました。
この点について弁護士がリーガルチェックを行い、取り扱う金銭の上限を10万円とするなど、派遣会社の要望に沿った内容で、派遣先との間で覚書を締結することができました。
その結果、派遣会社としては、派遣従業員が金銭を取り扱う際の賠償リスクを軽減することができました。
なお、その他に労働者派遣基本契約書でよく問題となるのは、以下のような事項です。
労働者派遣契約書の作成やリーガルチェックについては、詳しくは以下の記事で解説していますので合わせてご参照ください。
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今回は、「派遣会社から労働者派遣契約書のリーガルチェックの依頼を受けた事例」について、ご紹介しました。
他にも、今回の事例に関連した派遣関係の解決実績を以下でご紹介しておきますので、参考にご覧ください。
・派遣先から派遣契約を期間途中で解除されたため、訴訟により解除後の派遣料金を回収した事例
・人材派遣会社の依頼により、求人サイトの「利用規約」を作成した事例