今回の解決事例で書かれている内容(目次)
「システム開発」の事例です。
本件の依頼者はシステム開発の受託企業です。
事案の詳細は以下のとおりです。
1,依頼者が正社員として雇っていた従業員の1人が、突然給与面や就業面での不満を述べるなどして、退職することになりました。
2,この従業員は、会社の中でも業務との関係で、依頼者の営業秘密や顧客情報を知り得る立場にありました。
3,依頼者は、従業員の退職申出の経緯を不自然と感じ、退職後に競業他社や顧客に就職されては自社の営業秘密等が流出する可能性があると考えました。
4,そこで、競業禁止の誓約書をこの従業員から取得したいと考え、その誓約書の内容を相談するために、咲くやこの花法律事務所に来られました。
咲くやこの花法律事務所で誓約書の内容について助言を行い、依頼者は弁護士の助言に基づき競業禁止の誓約書を従業員から取得しました。
ところが、従業員は、競業禁止の誓約書に署名押印したにもかかわらず、退職直後に自分が担当していた依頼者の顧客に就職しました。
その結果、依頼者としてはその顧客からの受託がなくなってしまい、売上が減少するという損害が発生しました。
そのため、この退職者に対して、誓約書を根拠に損害賠償の支払い等を求めました。
退職者側も弁護士をつけて反論してきましたが、弁護士による交渉の結果、最終的に謝罪文の交付と損害賠償の支払い受けることができました。
以下では、問題解決において担当弁護士が取り組んだ課題について詳しく解説していきます。
この依頼者は、事前に自社の競業禁止の誓約書のひな形を持参してご相談にお越しになりました。
弁護士が確認したところ、依頼者のひな形には、退職後5年間、近畿2府4県において主に以下の行為を行わない旨が記載されていました。
過去の裁判例では、退職従業員と競業禁止の合意をした場合でも、内容によってはその合意が無効であると判断されているケースが少なくありません。
依頼者に対しても、この点を弁護士から説明しました。
判例上、競業避止義務を定める合意の有効性を判断する際に、以下の点が総合考慮されます。
(1)競業行為を禁止する目的
企業の重要な機密情報を守るなどの正当な目的がなければ無効とされやすくなります。
(2)退職前に従業員の地位・業務内容
機密情報にかかわらない立場の従業員に競業禁止を定めることは無効とされやすくなります。
(3)禁止する競業の範囲・期間・地域
禁止する範囲・地域が広すぎたり、期間が長すぎると退職者の職業選択の自由を不当に制約するとして無効とされやすくなります。
(4)代償措置の有無
競業避止義務を課すのみで従業員側になんらメリットがない場合は、無効とされやすくなります。
本件の依頼者持参のひな形は、禁止する競業の範囲や地域が広く、期間も長いことから、裁判所では無効と判断されるリスクが高いものでした。
判例上、競業避止を義務付ける誓約書の有効性は上記の4点を総合考慮して判断されますので、例えば、「競業期間を1年と定めれば、競業禁止合意が有効になる」など定型的に有効性が判断されるわけではありません。
相談を受ける弁護士としては、依頼者の業務内容・営業地域、従業員が担当していた業務、現実的にどのような代償措置がとれるかなどをききとり、裁判所で無効とされないような誓約書を作るようアドバイスする必要がありました。
本件では、依頼者からのヒアリングの結果、十分な代償措置をとることが難しいなどの事情があったため、主として、誓約書を以下のような規定に修正することをアドバイスしました。
また、現実的に取りうる代償措置として、この従業員に対して、再就職までの雇用や、再就職支援などのサポートを行うことを提案しました。
相談後、依頼者は無事に競業禁止の誓約書を従業員から取り付けることができました。
しかし、それから数か月後、この従業員が、依頼者の担当顧客に就職していることが判明しました。それまで継続的に依頼者に対して注文を出していた顧客からの仕事が急に入らなくなったことがきっかけで明らかとなりました。
依頼者が直ちに相談に来られました。
そして、元従業員に対する書面作成のご依頼を受け、弁護士が、競業禁止の誓約書に基づいて依頼者に生じた損害の賠償を求める書面を作成しました。
依頼者が退職者に書面を送ったところ、相手方に弁護士が付いたため、弁護士同士で書面及び口頭での交渉をすることになりました。
当然ながら、相手方弁護士は、「誓約書の競業禁止規定が従業員の職業選択の自由を著しく制限するものであり無効である」との主張をしてきました。
これに対して、当方から以下の点を粘り強く反論していきました。
●競業行為を禁止する必要性があることを主張
判例上、退職後の従業員の競業行為を禁止するためには、従業員にそのような制約を課すだけの正当な目的が必要です。
正当な目的があるか否かは、従業員の退職により企業の顧客情報やノウハウ等が流出するおそれがあり、競業禁止義務によりそれを防ぐ必要があるかどうかによって判断されます。
相手方弁護士からは、競業行為を禁止する正当な目的がない旨の主張がなされました。
しかし、依頼者は業務上顧客の重要情報を取り扱っており、顧客に対して守秘義務を負っていますので、情報の流出を防止する必要がありました。また、依頼者の企業としてのノウハウも守る必要がありました。
そのため、弁護士から、依頼者の業務内容を説明したり、依頼者が従業員及び顧客と秘密保持契約を締結していることを証明する資料を提出し、競業行為を禁止する必要性があることを主張しました。
●平社員であっても競業禁止の合意が有効になることを主張
判例上、競業避止義務の合意の有効性の判断では、労働者の地位や業務内容も重要になります。
この点について、相手方弁護士からは、退職従業員が平社員であり、単純な業務内容であるため、競業避止義務を課すことは不合理であるとの主張がされました。
これに対しては、弁護士から、退職した従業員の業務内容を説明する文書を作成すると同時に、仕事内容を説明したわかりやすい書籍の資料を送付して反論しました。
そして資料に基づき、相手方弁護士に対して、この従業員がいかに依頼者の秘密を知り得る立場にあったかについて具体的な主張を行いました。
●競業禁止範囲を狭く設定していたことを根拠に有効性を主張
前述の通り、依頼者は事前のご相談により、依頼者のひな形を、禁止する競業の範囲や期間を限定する内容に修正したうえで、誓約書を取得していました。
しかし、それでも相手方弁護士からは、競業禁止の範囲が広汎であるとの主張がなされました。
これに対しては、誓約書の規定上、在職中に知るに至った依頼者の顧客を除けば、競業他社への就職は自由であり、競業禁止の範囲は広汎ではないと主張して反論しました。
仮に自らの経験を生かして同業種(使用者からすれば競業他社)で働くことができないのであれば、従業員側から見た場合、職業選択の自由に対する大きな制約であると主張される危険があります。
しかし、本件では事前のご相談により、競業他社への就職を禁止するのではなく、在職中に知るに至った顧客への就職を禁止する内容にしていました。
そのため、職業選択の自由に対する制約は大きくないことを主張して反論することができました。
また、同時に、1年間という比較的短期な制約に過ぎないこと、競業禁止の地理的範囲も依頼者の商圏である近畿圏に限っていることを主張して、競業禁止を定める誓約書の有効性を主張しました。
●代償措置をとったことも主張して相手弁護士に反論
相手方代理人は、代償措置がとられておらず、このような場合の競業禁止規定の有効性は判例上も非常に厳しく判断される旨の主張をしてきました。
しかし、依頼者は事前の相談での弁護士のアドバイスに基づき、現実的な代償措置として、再就職先が見つかるまでは雇用を続け、また、再就職支援として就職先の紹介などをしようとしていました。
そのため、依頼者が一定の代償措置をとっていたと主張して、相手の弁護士に反論することができました。
●誓約書に署名押印後すぐに顧客に就職したことを指摘
退職従業員は、誓約書に署名押印してからわずか1ヶ月程度で依頼者の顧客に就職しました。就職活動を開始したのはもっと早かったはずです。
このようなことから、この従業員は当初から競業禁止の誓約書を守る気がなかったことが明らかです。
この点は当方から、重大な誓約書違反であることを主張しました。
当初相手方弁護士は、依頼者からの請求には一切応じないとの姿勢でした。もっとも、上記の主張により時間をかけて粘り強く反論を続けた結果、謝罪文の交付と損害賠償に応じる旨の回答を得ることができました。
以下では、担当弁護士の見解について詳しく解説していきます。
今回の依頼者は、従業員入社時に競業禁止の誓約書を取得しておらず、また就業規則にも退職後の競業を禁止する内容を定めていませんでした。
そのため、本件で、仮に従業員に誓約書の記載を拒まれていた場合、依頼者は自社の利益を守ることができなかった可能性が高いです。
このことからもわかるように退職前に競業禁止の誓約書を取得しようとするだけでは、従業員から記載を拒まれた場合に自社の利益を守れない可能性があります。
そのため、以下の3つのタイミングで競業禁止の誓約書を取得することをお勧めします。
入社のタイミングでは、競業禁止の誓約書の提出についても、会社を守るために必要なものであることを説明すれば納得を得られる可能性が高く、また、納得した者だけを入社させることもできます。
そのため、入社時の段階で、適切な競業禁止の誓約書を取得してしまうことが重要です。
従業員が昇進すれば、昇進により責任が増し、重要な会社の秘密にも接することになります。
そのため、昇進時も、会社の秘密に接することによる競業禁止の必要性を説明し、入社時の誓約書に加えて、誓約書を再度取得しておくことが重要です。
退職のタイミングでは、従業員のこれまでの職歴から、従業員が会社のどのような情報を握っているかが明らかにしやすくなっています。
そのため、競業禁止行為の対象や範囲を明確に特定して、有効な競業禁止条項を規定しやすい状況にあります。
そこで、退職の時点でも誓約書が取得できればベストといえるでしょう。
このように3つのタイミングで取得することをルール化しておけば、仮に退職時に誓約書の記載を拒否されたとしても、入社時や昇進時に取得した誓約書をもとに企業としての権利行使をしていくことができます。
競業禁止の合意が有効かどうかは、前述した4つの要素を検討する必要があります。
各要素は会社によって異なるため、一般的なひな型を利用してもうまくいかず、裁判所で有効と認められる誓約書にはなりません。
一般的なひな型を使用していた場合、本件のように相手の弁護士から反論されれば打つ手がなくなってしまうでしょう。
本件では、依頼者が事前に弁護士に相談していたため、弁護士が必要な事情を聴き取ったうえで、競業禁止条項をアドバイスすることができました。
そのこともあり、最終的に謝罪文の交付と損害賠償の支払いを受けられるような競業禁止の誓約書を取得することができました。
退職従業員に弁護士が付いた場合、当該競業禁止規定がいかにも無効であるかのような主張がなされます。
このような主張に対しては、企業側も弁護士をつけて対応するべきです。
過去の裁判例等の検討から、合意内容の強い部分と弱い部分を把握した上で、適切に反論をしていくことが必要になります。
今回の誓約書でも、競業の範囲が非常に狭いという強みを生かして、代償措置が足りないという弱みをフォローする主張を行い、相手方弁護士を説得することができました。
本件では競業禁止の誓約書を作成する段階からご相談をいただけたことで、有効な競業禁止合意をすることができ、誓約書違反に対して謝罪文の交付と損害賠償の支払いも受けることができました。
依頼者からのアンケートやメールでも以下のようにご回答いただきました。
「かなり厳しい状況での交渉かと存じてましたが労務関係の知識やノウハウが強く、満足いく結果となりました。」「大変感謝いたします。」
早めにご相談をいただけてよかったと思っています。
なお、退職者による顧客の引き抜き行為を防止する誓約書の作り方と就業規則のポイントについて以下の記事で解説していますので、あわせてご参照ください。
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