今回の解決事例で書かれている内容(目次)
本件は、「転職会議」という企業のクチコミ情報を提供するウェブサイトに、会社(依頼者)を誹謗中傷する書き込みがされた事案です。
転職会議には、「依頼者の会社にはボーナスがない」、「依頼者の会社が詐欺的な営業をしている」という口コミ情報が掲載されました。
しかし、依頼者の会社はボーナスを支給していましたし、詐欺的な営業をしている事実もありませんでした。
「転職会議」は、企業への就職の際にしばしば参考にされるサイトであり、転職会議の書き込みを放置していると、依頼者の会社に就職を希望する人が減ることはあきらかでした。
そこで、会社として、書き込みを記載した人物に対してしかるべき処分をするために、その人物を特定するための手続き(発信者情報開示請求手続)をご依頼いただいたのが本件です。
なお、インターネット上で書き込みした人物を特定するための「発信者情報開示請求手続の流れ」はおおむね以下の通りです。
ステップ1:
転職会議の運営会社(株式会社リブセンス)に投稿者のIPアドレスとタイムスタンプを開示させる。
ステップ2:
IPアドレスとタイムスタンプの情報をもとに書き込みの際に投稿者が利用したプロバイダ(インターネットへの接続サービスを提供する企業)を特定する。
ステップ3:
書き込みの際に投稿者が利用したプロバイダに対して、投稿者に関する記録の消去を禁止する裁判所の命令を出してもらう。
ステップ4:
プロバイダから、契約者の氏名、住所を開示させ、投稿者を特定する。
これらの手続きを進めるためには、「仮処分」と呼ばれる簡易な裁判を2回行った上で、さらに「訴訟」を行うという合計3回の裁判手続きが必要です。
この「発信者情報開示請求の手続き」の流れの詳細は、以下の「発信者情報開示請求の流れと必要期間、成功ポイント」の記事を参照してください。
裁判の結果、記事を記載した人物の特定に成功しました。
前述のとおり、「発信者情報開示請求」においては通常3回の裁判手続きを行うことが必要になります。
この裁判の中では、以下の2点が主要な争点となりました。
争点1:
「書き込みの内容が真実かどうか」
争点2:
「プロバイダの契約者が書き込みをした本人かどうか」
以下でそれぞれの争点についての対応をご説明します。
裁判で、書き込みした人物に関する情報の開示を認められるためには、「書き込まれた記事の内容が法的に名誉棄損に該当すること」を情報の開示を求める側が証明する必要があります。
そして、名誉棄損になるかどうかの判断の中で特に問題になるのが、書き込みの内容が「真実かどうか」です。
書き込みの内容が真実でないことを立証できなければ、裁判所に名誉棄損に該当すると認めてもらえず、書き込みをした人物についての情報の開示が認められることはありません。
そのため、「書き込みの内容が事実に反する」ということを、情報の開示を請求する側が積極的に証拠を提出して証明する必要があります。
本件では「依頼者の会社にはボーナスがない」、「依頼者の会社が詐欺的な営業をしている」という書き込みについての発信者情報開示請求を行いました。そのため、依頼者の会社で、「実際にはボーナスが支給されていたこと」、「詐欺的な営業をしていないこと」の2点を、裁判所で立証する必要がありました。
まず、「実際にはボーナスが支給されていたこと」の立証については、依頼者の会社の3回分の「被保険者賞与届出総括表」を証拠として提出して、依頼者の会社では賞与が支給されていることを証明しました。
「被保険者賞与届出総括表」とは、従業員へ賞与を支給したときに、会社が賞与支払額を日本年金機構に報告するために提出する「被保険者賞与支払届」の一部分です。
会社は従業員に賞与を支給したときの手続きとして、日本年金機構に「被保険者賞与支払届」を提出し、これに基づき賞与についても社会保険料を納付することが義務付けられています。「被保険者賞与届出総括表」は、いわば「被保険者賞与支払届」の「まとめ」となる文書であり、会社全体における賞与の支払額と支給対象者の人数が記載して、「被保険者賞与支払届」と一緒に日本年金機構に提出する文書です。
本件の裁判では、この被保険者賞与届出総括表の控えを裁判所に証拠として提出することにより、依頼者の会社の賞与の支給額や支給人数を証明し、「ボーナスがない」という書き込みが事実ではないことを立証することに成功しました。
次に、依頼者の会社が詐欺的な営業をしていないことの立証が必要になりました。
しかし、この「ないことの立証」については、どのような証拠を出せばよいという明確なものがなく、非常に困難です。本件では、以下の証拠を提出し、依頼者の会社の営業方法に何ら問題がないことを証明しました。
提出証拠1:
営業内容全般を説明した依頼者の会社の役員の陳述書
依頼者の会社がどのような商品・サービスをどのような営業手法で提供しているかを、裁判所に理解してもらうために提出しました。
提出証拠2:
営業担当の従業員が実際に契約した案件について記載した報告書
営業担当の従業員が直近に実際に契約した3件の案件について、具体的にどのような提案を顧客にしたかを記載し、依頼者の営業方法に問題がないことを裁判所に理解してもらうために提出しました。
提出証拠3:
コンプライアンス研修の資料
依頼者の会社では、営業社員に対しコンプライアンス研修をしており、コンプライアンス研修で不当な営業方法が禁止されていることを、裁判所に理解してもらうために提出しました。
提出証拠4:
依頼者が顧客に提出した見積書
依頼者が顧客に提出した見積書に記載された単価とメーカーの小売希望価格が一致することを示し、単価について顧客に対し正確に表示していることを、裁判所に理解してもらうために提出しました。
このような緻密な証拠の積み重ねにより、「ないことの立証」に成功し、「詐欺的な営業をしている」という書き込みが事実に反し、名誉棄損に該当することを裁判所に認めてもらうことができました。
「発信者情報開示手続」の中では、まず、書き込みを投稿した際に使用されたパソコンを特定し、そのうえで、書き込みの際に利用されたプロバイダ(インターネットへの接続サービスを提供する企業)を特定し、このプロバイダに対して、プロバイダの契約者の住所、氏名の開示を求めるという手続きを取ります。
この点、裁判では、相手方となったプロバイダ側から「プロバイダの契約者」と「投稿した人物」が同一人物ではないと主張され、そのため、書き込みに無関係のプロバイダの契約者に関する情報の開示を認めるべきではないという主張がされました。
たしかに、論理的にはプロバイダ側が主張するように、プロバイダの契約者以外の人物が書き込みをした可能性はあります。
例えば、家族や友人が契約者の端末を使用して書き込みをした可能性もあり、また盗難や紛失した際に第三者が書き込みをした可能性もあります。
しかし、このような主張に対しては、そのような可能性があるからといって、開示請求を認めない理由にはならないことを主張して反論しました。
また過去の判例でも、仮にプロバイダの契約者が書き込みをした者と同一でないとしてもプロバイダの契約者の情報の開示請求が認められていることを指摘しました 。(東京地判平成23年 8月 3日)
このような主張、反論の結果、裁判所にプロバイダの契約者の住所、氏名等の情報を開示すべきことを認めてもらうことができました。
以上のような、主張立証により、裁判で当方の主張が認められ、書き込みが行われたパソコンで利用されたプロバイダの契約者の情報が開示され、その情報をもとに書き込んだ人物を特定することができました。
インターネット上で今回のような匿名での書き込みがされた場合、現状では、裁判手続きをしなければ、書き込みをした人物の特定をすることは困難です。
裁判を起こさないで文書で請求をするだけで人物の特定に必要な情報が開示されることはまずありません。また、裁判を起こしても、書き込みした人物の特定のための情報の開示を裁判所が認めないケースも多くあります。
特に、裁判で問題になるのが、今回の件でも争点になった「書き込みの内容が真実かどうか」です。
裁判で、書き込みの内容が真実でないことが立証できなければ、書き込みは名誉棄損に該当しないと判断されることが多く、名誉棄損に該当しなければ、書き込みした人物の特定のための情報の開示は認められません。そして、書き込みの内容が真実でないことを立証するためには、充実した証拠が必要です。
本件では詐欺的な営業をしていないことの証明が最も困難でしたが、様々な角度から証拠を提出して対応しました。
証明が難しい場合、3つ以上の視点の異なる観点からの証拠を提出すると上手く行くことが多いです。労をおしまず、緻密に丁寧な立証をすることが必要です。
また、書き込みした人物を特定するために必要なプロバイダの記録は時間がたてば消去されていきます。そのため、特定に成功するかどうかは「時間との戦い」という側面があります。
書き込みの内容が真実でないことを立証するための証拠を早めに準備し、裁判を効率的に進めて、情報が消えないうちに手続きをとることが、書き込みした人物の特定に成功するための重要なポイントとなります。
本件では、早めに十分な証拠を準備した結果、無事に書き込みした人物を特定することができ、その後の、本人に対する損害賠償請求に進むことができました。
そして、本人に謝罪させたうえで、損害賠償金を支払わせることができました。
誹謗中傷記事を記載されたときは本人を特定して損害賠償金を支払わせておくという毅然とした態度を示すことが、誹謗中傷記事のさらなる投稿を防ぐために非常に有効です。
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