今回の解決事例で書かれている内容(目次)
「宗教法人」の事案です。
依頼者は、キリスト教の教会を運営する宗教法人です。教会と一人の牧師との間で解雇をめぐる紛争になりました。
教会によれば、この牧師は、信徒や教会関係者に対し不適切な言動を繰り返していました。もっとも、具体的な言動については、教会と牧師との間で争いがありました。
複数の信徒や教会関係者からクレームが出たため、牧師は当時所属していた教会で務めを果たすことが難しくなりました。
そこで、教会は、牧師を他の教会に異動させました。
しかし、異動先の教会でも関係者からクレームが出てしまいました。教会は、牧師の処遇をどうすればいいのか、対応に苦慮していました。
それまで教会は牧師に毎月28万4000円を支払っていました。教会は、牧師に対し、4月以降は教会から金銭の支給を受けるのではなく、ある教会の責任者として自立するよう求めました。
すると、牧師はその約3週間後に、教会を立ち去りました。教会は、牧師に対し、教会を辞任して自分で新しい道を歩むことを選んだものと理解し、それを承認することなどを通知しました。
その後、牧師は、教会から解雇されたとして、労働者たる地位の確認やバックペイの支払を求めて訴訟を提起しました。このように不当解雇を主張する訴訟は地位確認訴訟などと呼ばれます。
教会は、第一審訴訟について、咲くやこの花法律事務所とは別の法律事務所の弁護士に対応を依頼していました。第一審では3年以上の審理が行われ、当事者の尋問終了後、裁判官から教会に対し、教会敗訴の心証が開示されました。
教会は、この心証開示を受けて、咲くやこの花法律事務所に相談に来られました。
弁護士が訴訟記録を確認したところ、教会が敗訴すれば、牧師を教会に復職させるとともに、約2000万円という高額のバックペイの支払が必要になることが予想されました。相談に来られた際、教会側は、なぜこれほど厳しい判決が予想されるのか、裁判官の考えに納得できないようでした。
教会の運営上、相手方の牧師の復帰を認めることは難しく、経済的にも約2000万円もの支払は難しい状況でした。
その後の第一審訴訟では、牧師の労働契約上の地位を確認し、法人に約2000万円のバックペイの支払を命じる判決が言い渡されました。
判決で解雇が無効と判断された場合、使用者は相手方を復職させなければなりません。また、解雇後は、使用者は相手方に賃金を支払っていないことが通常です。解雇が無効と判断された場合、解雇から判決確定までの賃金をさかのぼって支払う必要があります。これを「バックペイ」といいます。
本件では、牧師が教会を去ってから第一審判決が出るまで、6年弱が経過していました。第一審判決では教会は、6年弱の賃金として約2000万円を一括で支払うよう命じられてしまったのです。
咲くやこの花法律事務所は、教会から依頼を受けて、控訴審以降の代理人を務めることになりました。
「弁護士西川暢春からのワンポイント解説」
地位確認訴訟やバックペイについては、以下で解説していますのであわせてご参照ください。
控訴審の裁判官からは、おおむね当方に有利な心証が開示されました。それを前提に、牧師は教会に復職せず、教会が解決金500万円を支払う形で和解が成立しました。
本件の解決にあたっては、以下の点が課題となりました。
教会と牧師との間の契約が労働契約なのか、それとも業務委託契約なのかが問題になりました。労働契約の場合は解雇規制が適用され、教会が牧師との契約を一方的に終了させるためのハードルは高いです。
第一審判決は、次のような事情を指摘して、労働契約であると判断しました。
教会が牧師を解雇したといえるのかも問題になりました。解雇とは、使用者が一方的な意思表示により労働契約を解約することをいいます。
本件では、教会は牧師に対し「解雇する」とは明言していませんでした。また、最終的には牧師自身が荷物をまとめて教会を立ち去っていました。このような状況で教会が牧師を解雇したといえるのかどうかが問題になりました。
第一審判決は、次のように述べて、教会が牧師を解雇したと判断しました。
教会は、牧師に対し、4月以降は教会から給与を受け取るのではなく、一つの教会の責任者として自立することを求めていました。第一審の裁判所は、このような教会の求めは、効力発生日を遅くとも4月1日とする解雇の予告であると判断しました。
その後、牧師は教会を去りました。教会は牧師に対し、辞任を選択したと理解し承認すると伝えました。裁判所は、これによって教会が牧師を黙示的に解雇したと判断しました。
教会は、牧師に様々な問題点があったことを主張しました。
もっとも、それを裏付ける客観的な証拠は十分とはいえませんでした。一般企業であれば、従業員に問題があった場合は、具体的な事象や指導記録等が残ることも多いです。しかし、教会と牧師という関係上、ほとんどの報告や注意が口頭でなされていました。また、牧師が教会を去ってから訴訟が提起されるまでに、約2年半の期間が経過していました。そのため、訴訟になった時には、教会は、牧師に関する記録の大半を処分してしまっており、牧師に具体的にどのような問題があったことを指摘するのも難しい状況でした。
第一審判決は、教会主張の解雇事由については、いずれも「認めるに足りる証拠はない」などとして、解雇は無効であると判断しました。
担当弁護士が第一審の訴訟記録や、資料を確認したところ、確かに牧師の問題行動については、客観的な証拠に乏しい事案でした。訴訟は証拠がすべてといっても過言ではありません。控訴審で「牧師には○○という問題があったため、解雇は有効である。」と主張しても、認められる可能性は低いといわざるを得ませんでした。
一方で、牧師の労働者性や、解雇の意思表示の有無については、第一審判決の判断に、以下のような疑問がありました。
労働者性の判断基準については、以下の資料が公表されています。
この資料では、労働者性は以下の事情を考慮して判断するとされています。
このうち①~⑤が主たる考慮要素、⑥~⑨が補強的な考慮要素とされています。
なお、宗教法人への労働基準法の適用については、厚生労働省の通達があります。
▶参考情報:昭和27年2月5日基発第49号通達「宗教法人又は宗教団体の事業又は事業所に対する労働基準法の適用について」
ただ、本件ではこの通達を踏まえても、事実上、上記①~⑨を考慮して労働者性を判断することが相当な事案でした。
弁護士が第一審判決を読むと、主たる要素であるはずの①~⑤への言及が弱いように感じました。一応教会が牧師の勤務について指揮命令していた(②)という評価がなされていますが、なぜそのようにいえるのかが不明でした。また、本来補強的な要素であるはずの給与という名目や、源泉徴収、社会保険への加入等を重視して労働者性を肯定したようにも読めました。
そこで、控訴審では、まず教会は聖書に従って運営されており、牧師や信徒は自主的に祈祷していることを主張しました。その上で、給与という名目や源泉徴収、社会保険の加入は形式上、そうしているだけにすぎないことを詳細に主張しました。
本件では、相手方の牧師に給与を支払っていること自体が異例でした。相手方以外の教会の牧師の大半は、普段は別のところで仕事をしており、空いた時間で牧師として活動していました。あくまでも信仰として活動しており、教会から牧師に給与等を支払うことはありませんでした。
しかし、相手方の牧師は、教会に対し、「住むところがなく助けてほしい。幼い子供が2人いる。」などと言って、支援を求めた経緯がありました。これを受けて、教会は相手方の牧師に対し、住居を与え、給与名目で毎月一定の金銭を支給してきました。
このように名目こそ給与としているものの、教会としては、相手方の牧師やその家族への「救援金」のつもりで毎月一定の金銭を支給していました。
そして、上記のとおり、教会は相手方の牧師に対し、4月以降は給与の支払を停止し、一つの教会の責任者として自立するよう伝えました。その背景には、このころには相手方の牧師の子供は大きくなっており、救援金の必要性が薄れているという事情もありました。
本件では、教会が牧師に対し、解雇すると明確に告げたわけではありませんでした。しかし、このように明確に解雇を告げていない場合であっても、裁判所において解雇と判断されることはあります。
第一審判決も教会が牧師を黙示的に解雇したと判断しました。
しかし、本件では、牧師自らが教会を立ち去っています。また、その後の教会から牧師への通知を見ても、教会としては、牧師を解雇したあるいは一方的に牧師との契約を解除したという認識はないようでした。むしろ、牧師が自ら教会を立ち去ることを決めたという理解を前提に、教会としてそれ以上厳しい措置をとらない意向を伝えていました。
控訴審では、これらの点を指摘して、教会には牧師を解雇する意向がなかったことを主張しました。
上記の主張をして臨んだ結果、控訴審の第一回期日で、裁判所から和解が適当な事案であるという話がありました。裁判所としても、法的なことはともかく、事実上、教会が相手方の牧師の復帰を受け入れることが難しいという点には、理解を示してくれたようでした。
一方で、和解の条件について、控訴審の裁判所からは、「牧師を復職させない場合は、第一審判決のバックペイ約2000万円を超える解決金が必要」という話がありました。教会側は高額な解決金が必要ということで、かなりショックを受けたようでした。
その後、当方からコロナ禍で教会の収支が悪化しており、高額な解決金を支払えないことなどを裁判所に説明しましたが、和解がまとまるめどは立ちませんでした。
第一回期日から数か月が経過した頃、弁護士から裁判官に対し、現在の心証を開示してほしいと伝えました。
高額な解決金を求められているということもあり、裁判官の心証を聴かなければ教会としても判断ができませんでした。心証開示を求めた約1か月半後の期日で、双方の代理人弁護士が同席の下、裁判所から心証開示がありました。なお、控訴審の第一回期日からこの心証開示の期日までの間に、担当裁判官3名のうち2名が異動により交代となっていました。
裁判所からは、労働者性について、第一審判決が認定した事実だけでは牧師の労働者性を肯定できないという心証開示がありました。一方で、微妙な事案であり、業務委託契約(準委任契約)とした上で、解雇規制が準用されうるという話もありました。
次に、解雇の有無について、裁判所からは第一審判決とは異なり、黙示的な解雇とはいえないという話がありました。その上で、むしろ牧師が教会を立ち去ったことを黙示の辞職と評価すべきであるという心証が開示されました。
この裁判所の心証に従えば、控訴審では教会側が逆転勝訴することができます。教会の代表者は、控訴審の裁判官の心証を聴いた時、ようやく裁判所に事情が伝わったと感じて安堵しているようでした。
上記の心証を踏まえると、教会としては、和解せずに控訴審の審理を進めてもらい、最終的に判決をもらうことも考えられました。もっとも、心証開示の際、裁判官からはあくまでも暫定的な心証であるという話がありました。さらに、和解協議がまとまらなかった場合は、双方主張・証拠を出し合うなどしっかりと審理をした上で判決を出すという話もありました。
担当弁護士から見ても、教会側が余裕で勝訴できる事案かといわれると、証拠上はそうではありませんでした。実際第一審では教会は敗訴しており、かなり微妙な事案だったといえます。
そして、万一控訴審や上告審で第一審と同じように敗訴した場合、教会の存続自体が危うい状況でした。
このような状況と、第一審判決を踏まえ、最終的には教会が牧師に解決金500万円を支払う形で和解しました。控訴審で当方に有利な心証を得られたとはいえ、判決まで争った場合、わずかな証拠の評価次第で第一審と同様の敗訴となるリスク(約2000万円の支払いと復職)がゼロではありませんでした。
教会存続という最優先事項を守るため、万一のリスクを完全に排除し、第一審の約2000万円から4分の1となる500万円の解決金で確実に本件の訴訟を終わらせることにしました。
本件のような解雇トラブルには、重大なリスクを伴います。第一審判決のように解雇が無効と判断されてしまえば、従業員を復職させることが必要になるうえ、多額のバックペイの支払を命じられてしまいます。
本件では第一審判決の弱点を検証し、控訴審でこの点を主張したことが奏功しました。第一審で敗訴してしまったとしても、あきらめずに逆転の可能性を探ることは重要です。
とはいえ、統計上、第一審判決が控訴審でひっくり返る可能性が低いことも事実です。そのため、まずは第一審で、できればその前の交渉のタイミングで、有利な解決を探ることが適切です。そのためにも、できる限り早い段階で弁護士に依頼することが大切です。
本件では幸い控訴審で教会側に有利な心証を得ることができ、教会の代表者や関係者の方々に安堵していただくことができました。
▶参考情報:咲くやこの花法律事務所の問題社員対応に関する弁護士への相談サービスは以下をご覧ください。
なお、今回の事案のような解雇トラブルの対応については、できるだけ早い段階での弁護士への相談が非常に重要です。以下の記事でも詳しく解説しています。あわせてご参照ください。
解雇をめぐる訴訟で、解雇が無効と判断された場合、事業者は従業員の復職に加え、長期間にわたるバックペイの支払を命じられる可能性があり、数千万円規模の負担となることもあります。
咲くやこの花法律事務所では、解雇をめぐる訴訟対応について、事業者側の代理人として多くのご依頼をお受けしてきました。一貫して事業者側の立場に立って、訴訟記録や証拠関係の精査を踏まえた主張方針の構築、準備書面の作成、証拠の収集・整理、証人尋問への対応など、裁判手続の各段階で、その主張を実現するための対応を行います。また、裁判官の心証を見極めた上での和解戦略の立案や、控訴審・上告審における逆転を見据えた主張展開にも対応します。
解雇訴訟は、証拠の選択や主張の組み立て次第で結果が大きく変わります。咲くやこの花法律事務所では、裁判例の分析と実務経験を踏まえ、企業にとって最も有利な結論を導くための訴訟対応を行います。解雇トラブルでお困りの事業者の方は、咲くやこの花法律事務所にご相談ください。
咲くやこの花法律事務所の弁護士による相談費用
咲くやこの花法律事務所の問題社員対応に関する弁護士への相談サービスへの問い合わせは、以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
今回の解決事例は、「控訴審からの受任で第一審の敗訴から逆転!解雇無効・約2000万円バックペイの危機を大幅減額して和解できた解決事例」についてご紹介しました。他にも、今回の事例に関連した解雇トラブルの対応の解決実績を以下でご紹介しておきますので、参考にご覧ください。
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