今回の解決事例で書かれている内容(目次)
福祉サービスを提供する企業の事例です。
本件は、福祉サービスを提供する会社が有期の雇用契約を締結していた従業員との雇用契約を更新せずに雇用を終了したところ、この従業員(相手方)から雇止めは無効であるとして、労働審判の申立てをされた事案です。労働審判の中で、相手方は、会社に対し復職を求めました。さらに、雇止めにより支払われなかった期間中の給与の支払いを求めました。
なお、「雇止め」とは有期雇用の契約期間が満了したタイミングで雇用を更新しないことにより、雇用契約を終了させることをいいます。「雇止め」についての基本的な解説は以下をご参照ください。
会社としては、相手方が雇用契約終了について特段異議を述べていなかったことから、問題なく退職手続が完了したと認識していました。ところが、相手方は、雇用が終了した直後に、会社に対して労働審判を申し立てました。会社代表者は、突然労働審判が申し立てられたことに驚き、困惑して、いったんは他の法律事務所に相談されましたが、その後、咲くやこの花法律事務所にご相談にお越しになりました。
咲くやこの花法律事務所で依頼を受け、労働審判への対応を弁護士が行った結果、最終的に相手方が復職しないことで和解が成立しました。ただし、早期解決のために、今後、会社に対して一切の請求をしないことを条件に、解決金として給与の約2か月半分を支払うこととしました。労働審判の申立書が会社に届いてからおよそ2か月で解決に至りました。
本件で、相手方は、「会社による雇止めは無効であるので、会社との雇用契約は終了していない。」と主張していました。これは労働契約法19条で定められている「雇止め法理」に基づく主張です。労働契約法19条は、有期の雇用契約であっても、労働者において契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるときは、会社は、解雇理由に相当するような事由がない限り、雇用契約の更新を強制されることを定めています。実際にもこの雇止め法理を適用して、会社に雇用契約の更新を強制し、会社の雇止めにより従業員が就業できなかった期間について、賃金の支払いを命じる裁判例が多数出ています。敗訴した場合に会社が支払いを命じられる金銭が多額になることも多く、雇止めは会社にとって重要なリスクをはらむ場面の1つです。
▶参考情報:この雇止め法理については、以下で詳しく解説していますのでご参照ください。
雇止め法理に基づく相手方の主張に対し、会社側弁護士として「雇止めは有効であるので相手方の主張は認められない。」旨を反論しました。もっとも、弁護士が、本事案について、再度、依頼者から詳細な聴き取りを行い、また、依頼者から資料を提供していただいたところ、雇止めが有効であるという主張とは別に、会社と相手方との雇用契約が合意により終了したと主張することもできるのではないかと考えられました。そこで、会社側からは雇止めが有効であるという主張とあわせて、「会社と相手方との雇用契約が合意により終了したため、相手方の主張は認められない。」旨も主張しました。雇用契約が合意により終了したのであれば、雇止め法理は適用されないので、会社は雇止めが無効と判断されて敗訴するリスクを負わなくて済みます。
そこで、本件では、「会社と相手方との間で雇用契約を終了させる合意があったか」「仮に合意がなかったとして、会社がした雇止めは有効か」という2点が大きな争点となりました。
▶参考:労働契約法19条
第十九条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
・参照:労働契約法の条文
上記の争点を踏まえて、本事案の担当弁護士の見解を解説していきます。
弁護士がご相談をお受けし、 相手方が退職に至った経緯について、会社代表者から詳細に聴き取りを行いました。初回の相談時に事務所での聴き取りを行ったほか、労働審判の最初の期日までに電話で3回ほど、聴き取りを行いました。聴き取り内容は、相手方が労働審判申立書で主張している事実関係が正しいか否かの確認、相手方を採用した際の経緯、会社での勤務状況、相手方が退職に至った経緯など、多岐にわたりました。また、会社から相手方の雇用契約書や勤務状況評価シートなどの資料をご提供いただき、弁護士がその内容を詳細に検討しました。
聴き取りや資料の収集を詳細に行うことにより、相手方の主張に対し、複数の視点から反論ができないかを検討することが重要になります。
本事案では、依頼者からの聴き取り内容や資料を踏まえると、相手方の主張に対して、複数の視点から反論が可能であると考えられました。
まず、反論の1つとして、前述の通り「雇止めは有効であるので相手方の主張は認められない。」旨の反論をしました。もっとも、本事案では、会社から相手方に交付した雇用契約書中に、「雇用期間満了後は自動更新する。」旨の記載がありました。有期の雇用契約であっても、労働者において契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるときは、前述の雇止め法理により、会社は、解雇理由に相当するような事由がない限り、雇用契約の更新を強制されます。本事案では「自動更新」という記載から、雇用契約が更新される期待が生じることは否定し難いため、この点は会社にとって非常に不利な点でした。そのため、「雇止めは有効であるので相手方の主張は認められない。」という会社側の反論をしても、認められない可能性が十分に考えられました。そこで、他の有効な反論を検討する必要がありました。
弁護士として、依頼者からの聴き取り内容や資料を詳細に検討し、以下の点から「会社と相手方との雇用契約が合意により終了したため、相手方の主張は認められない。」という反論が最も有効であると判断しました。
上記のような事情を踏まえ、相手方が退職日の指定をして退職を申入れ、会社が承諾したと評価できると考えました。弁護士として会社と相手方との雇用契約は、相手方が指定した退職日をもって、合意により終了したと主張できると判断しました。
最大でも3回の期日で終了する労働審判では、労働審判委員会に会社側の主張を短期間でわかりやすく伝えることが重要です。会社として複数の主張をする場合は、労働審判委員会に理解してもらいやすいように、「主要な主張」と「そうでないもの」のメリハリをつけることも重要なポイントになります。
本事案では、会社側の主張として、大きく分けて「会社と相手方との間で雇用契約は合意により終了した」という主張と、「仮に合意がなかったとしても会社がした雇止めは有効である」という主張がありました。このうち、前者が会社にとってより有効な主張であると考えられたため、前者に力点をおいて会社側の反論書面(答弁書)を作成しました。
▶参考情報:労働審判の答弁書の書き方については以下で解説していますのでご参照ください。
合意による雇用契約終了の主張が最も有効であると判断したポイントとして、新たに作成した雇用契約書(相手方の署名押印がされたもの)を証拠として提出できた点があげられます。「言った、言わない」の問題になりやすい関係者の供述ではなく、契約書などの客観的な証拠に基づいて主張することができれば、会社側の主張が正しいことを労働審判委員会に説得しやすくなります。
本事案では、新たに作成した雇用契約書により、「会社と相手方が、相手方が指定した退職日をもって雇用契約が満了する旨の雇用契約書を作成し直した。」という事情を、合意による雇用契約終了の主張の客観的な裏付けとして利用できると考えました。また、会社側がそのように主張した場合、相手方も有効な反論ができないのではないかと考えられました。
労働審判の期日は原則として3回までです。本事案では、第1回目の期日で、労働審判委員会から当方と相手方に対して各々の言い分の聴き取りがありました。会社側からは、弁護士とともに会社の代表者が労働審判期日に出席しました。裁判所から会社代表者に対して、相手方が退職に至った経緯や相手方の雇用契約書作成時の状況、雇用契約書に「自動更新」と記載されている理由などについて質問がありました。これらの質問がされることは事前に想定していたので、労働審判期日前に回答内容を準備していました。特に雇用契約書に「自動更新」と記載されている点については、会社側に不利となり得る事情でしたが、質問されることを事前に想定して回答を準備していたので、会社代表者は、動揺することなく回答できました。
会社側の主要な主張である「会社と相手方との間で雇用契約は合意により終了した」という主張に対し、相手方は、「会社が新たな雇用契約書に署名押印を求めたからこれに応じたのであり、退職する意思はなかった。そのため、退職の合意はしていない。」などと反論しました。しかし、仮に相手方が述べるように、相手方に退職する意思がなかったのであれば、雇用契約書を新たに作成し直す必要はありません。そのため、相手方の反論は不合理な内容です。裁判官も相手方に対し、退職する意思がなかったのであれば、なぜ雇用契約書を作成したのかを質問していましたが、相手方は合理的な説明ができませんでした。双方の言い分の聴き取りの後、労働審判委員会から会社側の言い分を認める旨の話があり、次回期日から和解に向けた具体的な協議を行うことになりました。
第2回目、第3回目の期日では、和解に向けた協議を行いました。相手方は、当初、復職をしないことを内容とした和解をするのであれば、解決金として給与の約6か月分を支払うことを当方に求めていました。しかし、会社側弁護士として、会社側の言い分が認められる以上、相手方の要望には応じられないと主張しました。
紛争を労働審判段階で解決する場合、紛争の早期解決を図るという労働審判の趣旨から、会社側の主張が認められる場合であっても、給与の数か月分を支払う旨の譲歩が必要になることが通常です。このような金銭を支払う代わりに、会社側に対してそれ以上の請求をしないことを労働者側に約束させることになります。そうすることで、労働者側が労働審判に異議を申し立てて訴訟に移行してしまい、訴訟対応のために多大な労力と費用を負担せざるを得なくなることを回避することができるのです。本件では、会社側も早期解決を強く希望していたため、早期解決のために、解決金として給与の約2.5か月分を支払うことにより和解しました。
なお、本件のように労働者が会社との雇用契約上の地位があることを主張する請求は地位確認請求と呼ばれます。この地位確認請求の労働審判における解決金の平均値は、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が令和4年に行った調査によると、その労働者の6か月分の給与相当額となっています。本件では、平均値の半額以下の2.5か月分で解決することができました。
▶参考情報: 地位確認請求の労働審判等における解決金の額の分布についての独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)による調査結果
・参照元:厚生労働省「解雇に関する紛争解決制度の現状と労働審判事件等における解決金額等に関する調査について」(pdf)より抜粋
本事案では、相手方が復職しないことで和解が成立しました。労働審判において和解ができなかった場合、通常の訴訟手続きに移行することになりますが、訴訟になると2年くらいの期間がかかることが通常です。和解を成立させたことにより、訴訟にしたくないという会社側の要望にも応えることができました。会社代表者からは、問題が早期に解決して業務に集中できるようになり、精神的に非常に救われたと言っていただくことができ、本当によかったと思います。
労働審判は進行のスピードが速く、事実上1回目の期日で労働審判委員会が請求の当否を判断します。そのため、会社が従業員から労働審判を申し立てられた際は、早急に弁護士に相談のうえ、事実関係と証拠を確認・整理し、1回目の期日までに詳細な主張を行うことが、会社にとって有利な解決をするための大きなポイントとなります。本事案では、弁護士が依頼者から詳細に聴き取りを行い、会社側から可能な反論を複数の視点から検討したうえで、会社側に有利になりやすい点に焦点をあてて主張したことが、会社側の意向に沿う解決につながりました。会社と相手方との雇用契約が合意により終了したことを、雇用契約書などの客観的証拠に基づき示すことができたことが、ポイントとなりました。
労働審判は会社側の準備がしっかりできているかどうかで、解決の結果が大きく変わります。労働者から申し立てられた労働審判についての対応にお困りの方は、早めに弁護士にご相談いただくことをおすすめします。咲くやこの花法律事務所でもご相談を承っていますのでご利用ください。
▶参考情報:なお、労働審判制度全般については、以下でさらに詳しく解説していますのでご参照ください。
▶参考動画:今回の事例のように労働審判を起こされた時の会社側の対応について解説したお役立ち動画「労働審判を起こされた!会社側の対応について弁護士が解説【前編】」も参考にしてください。
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今回は、「雇止め無効を主張する契約社員から起こされた復職を求める労働審判に対応し、復職を認めない内容での和解を成立させた事例」について、ご紹介しました。他にも、今回の事例に関連した労働審判の解決実績を以下でご紹介しておきますので、参考にご覧ください。
・試用期間満了後に本採用せずに解雇した従業員から復職を求める労働審判を起こされたが退職による解決をした事例
・従業員に対する退職勧奨のトラブルで労働審判を起こされたが、会社側の支払いなしで解決した事例
・解雇した従業員から不当解雇であるとして労働審判を起こされ、1か月分の給与相当額の金銭支払いで解決をした事例