今回の解決事例で書かれている内容(目次)
「クリニック」の事例です。
本件は、経験者として中途採用した看護師が、入職当初から業務上のミスを繰り返していた事案です。ミスの中には患者の健康や安全にかかわる重大なものもありました。注意をしても改善が見られなかったため、院長は、顧問社会保険労務士の先生とともに退職勧奨を行いました。しかし、看護師は「旦那にも相談しましたが、解雇はできませんよね。私はこの医院が好きなんです。辞めたくありません。改善できるよう頑張ります。」と言葉では改善をする旨を述べるなどして、退職勧奨には応じませんでした。
そこで、この看護師への今後の対応を相談するために咲くやこの花法律事務所にご相談に来られました。
顧問契約を締結し、弁護士が院長に対して指導方針や指導方法、業務日報の書かせ方、指導記録の付け方などを継続的にアドバイスしました。
院内では問題の看護師に対する指導を行うためのチームを組み、弁護士のアドバイスに従って指導等を行いました。その結果、指導開始から1か月程度で、問題の看護師から退職の申し出があり、退職に至りました。
問題解決における争点は、以下の通りです。
本件で、問題の看護師は、同じミスを繰り返すものの、指導に対して反抗的な態度をとることはありませんでした。このように能力不足だが指導には素直に対応するタイプの職員を解雇することは、事業者側のリスクが小さくありません。解雇に対し「不当解雇」であるとして職員から訴訟等を起こされた場合、ミスを繰り返していた事実自体は立証できたとしても、「指導に反発する姿勢はみせていないのだから十分な指導をしていれば改善の余地があった」ことを理由に「不当解雇」と判断されることが少なくないからです。
裁判所で「不当解雇」と判断されると、解雇は無効とされ、雇用契約が継続していることを判決で確認されるうえ、解雇の時点にさかのぼって賃金を支払うことを命じられます。そして、どの程度の指導を行っていれば解雇が有効となるかの明確な基準もありません。
そのため、能力不足が原因で雇用の継続が難しいときも、職員の解雇は、退職勧奨など他の方法を経ても、合意による解決ができなかった場合の最終手段であると考える必要があります。
▶参考情報:能力不足を理由とする解雇の注意点については以下の記事で解説していますのでご参照ください。
能力不足が原因で雇用の継続が難しいときも、退職に向けて説得して合意により雇用を終了させることを目指すべきです。ただし、本件では、一度、院長が退職勧奨をしたものの、問題の看護師は退職に応じなかったという経緯がありました。このような場合、退職勧奨のやり方が適切なものだったかどうかをよく見直す必要があります。
特に、能力不足を理由とする退職勧奨の場合、本人が、自身の業務水準が使用者の要求水準に達していないということをしっかり認識し、自覚している状態でなければ、退職を求められること自体に納得がいかず、退職の合意は得られません。つまり、能力不足を理由とする退職勧奨を拒否された場面では、まず、本人に現在の業務の問題点を具体的に指摘して、問題点を理解させたうえで、それを改善するための指導をして改善の機会を与えなければなりません。そして、このようなプロセスを経ても改善されなければそのことを本人にはっきりと自覚させたうえで、再度退職勧奨を行う必要があります。
本件でも、問題の看護師が退職の説得に応じなかったのは、このような、自身の業務水準が使用者の要求水準に達していないということをしっかり認識させ、自覚させるプロセスが経られていないことが原因であると考えられました。そこで、弁護士から、この点を院長に説明のうえ、問題の看護師に対する指導に取り組み、それでも改善が得られなければ再度退職勧奨を行うという方針をとることにしました。
▶参考情報:雇用の継続が困難な職員が退職勧奨をしても応じない場合の対応については以下で詳しく解説していますのでご参照ください。
ア:複数人による指導チームの立ち上げ
院長は、多忙のため日常的に問題の看護師を直接指導することが困難でした。
そこで、これまでこの看護師の指導担当をしていた先輩看護師ら4名で指導チームを立ち上げ、日常的な指導を担当することを、弁護士から助言しました。
院長はもちろん、指導チームの看護師らも、当然日常業務があります。そのため、個々の負担を軽減させる意味でも、また、複数の視点からの指導を可能にするという意味でも複数の指導担当者を置くことが望ましいです。
イ:業務日報及び指導記録書の作成並びに面談による指導
業務能力に問題のある職員に自分の業務の問題点を理解させ、改善を促すためには、「本人に毎日業務日報を書かせたうえでそれをもとにした指導を行うこと」、これと並行して「業務に問題があったときは適宜指導し指導記録書という形で記録に残すこと」、そして、「2週間おきを目安に面談による指導を行うこと」が効果的です。
▶参考情報:このような指導方法の全体像は、以下の参考記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
本件でも、業務日報及び指導記録書の作成と、面談による指導を行ってもらうことを弁護士から助言し、それぞれその具体的な方法を弁護士からサポートしました。
問題の看護師には、毎日、業務日報を書かせることを助言しました。
業務日報には以下の欄を設けることにしました。
看護師が、注意指導された事項を理解して改善に取り組む気持ちがあるのであれば、「a」から「d」の部分には適切な記載がなされるはずです。一方、指導内容を正しく記載していなかったり、不適切な改善内容を記載している場合には、指導内容について理解が不十分であることがわかります。返事はするけれども聞き流している、聞いてはいるけれども意味を取り違えている、重要な指導と受け止めずに忘れてしまっているなどいろいろなパターンがあります。
問題の看護師に業務日報を毎日作成させることで、看護師の仕事に対する理解度や、指導に対する理解度をみることができます。ただし、日報をただ書かせるだけでは意味がありません。指導する側が業務日報の記載内容を毎日しっかり確認し、理解が不十分である場合には、再度口頭で指導を行ったり、日報にコメントを入れて指導するなどして、改善を促すことが必要です。
指導チームには指導記録をつけてもらいました。これは、看護師の業務の問題点を記録化して共有することにより、指導に役立てるためです。
指導チームには、問題の看護師に業務上のミスや指導に対する不適切な言動等があれば、その都度注意・指導をしていただくことを弁護士から助言しました。また、指導に際しては、その行為がなぜダメなのか、どう改善すべきかまで丁寧に説明していただくようにお願いしました。そして、それについて指導記録という形で記録に残してもらうことをお願いしました。指導記録は、指導に役立つだけではなく、看護師の業務に改善がみられず、やむを得ず解雇等が必要になった場合には、看護師の能力不足を示す証拠にもなります。
もし、後日解雇することになり、解雇後に看護師から不当解雇であるとして訴訟を起こされた場合、解雇までの指導記録が残っていなければ、いつどのような指導をしたのかがわかりません。その結果、裁判所に「十分な指導をしないまま解雇した」として、不当解雇と判断されてしまう危険があります。
指導記録には、以下の点を記載することが必要です。
咲くやこの花法律事務所では、1つの指導内容ごとに、1枚の指導記録書で記録に残すことをお勧めしています。
院長には、2週間ごとに業務日報と指導記録をもとに面談を行ってもらいました。これは、日々の指導に対する看護師の理解度を確かめると同時に、改善がみられない点については直接指導を行うためです。
面談にあたっては、再度、問題の看護師に日々の指導内容や改善策を振り返ってもらうことが必要です。そのため、面談資料として、問題の看護師から以下の点を明らかにする書面を事前に提出させることにしました。
何度も注意指導を受けた項目であるにもかかわらず面談資料に記載されていない場合は、なぜ記載していないのかを面談時に本人に確認することが必要です。指導に対する理解が不十分であったり、指導を重く受け止めていなかったりする場合がほとんどです。そのため、このような場合は、再度院長や指導チームから指導を行っていただくように助言しました。
業務日報や指導記録を指導チーム内で共有することで指導の効果が期待できます。ただし、実施してみるとわかりますが、指導が積み重なるほどに膨大な記録ができあがり、これらを共有して効率的に活用することは簡単ではありません。そこで、手間と時間をかけて作成した書類を十二分に活用するため、本件では、院長との打合せにより、業務日報と指導記録をリンクさせるためのナンバリングとまとめ表の作成を行うことにしました。
その概要は以下の通りです
ア:業務日報にナンバリングさせる
まず、問題の看護師に対して、業務日報の「注意指導を受けた内容」欄を書く際に、指導を受けた順番と指導者を明記して記載をするよう指導します。例えば、以下のような記載です。
これを行うだけで、看護師が当日指導をいくつ受けたかが一目瞭然になります。これをその日の指導記録書の枚数と照らし合わせれば、看護師が日報に記載していない指導があるかが一目でわかります。日報に記載漏れがある場合でも、看護師には前述の通り指導者名を日報に記載させています。そのため、指導記録書と照らし合わせれば、誰のどの指導が日報から抜け落ちているのかがすぐにわかり、再指導につなげることができます。
イ:指導記録にもナンバリングを行い、表にまとめる
さらに、指導記録書には、通し番号を付して表に内容をまとめます。
例えば、3月1日から指導を開始し、3月1日には2つの指導事項、3月2日には3つの指導事項があったとします。この場合、指導記録書を行為ごとに作成し、通し番号(3月1日:指導記録1、指導記録2、3月2日:指導記録3、指導記録4、指導記録5)を付しておきます。
そして、指導記録のまとめとして、指導記録の通し番号と指導日等をまとめた表をExcel等で作成します。その際、後で行為類型ごとにまとめやすいよう行為類型も記載します。
具体的には、以下のような表です。
▶参考:指導記録表のサンプル
このような表を作成しておけば、Excel等の「並び替え」機能を使うことで、同じ内容での指導が繰り返されているかなどをすぐに把握できます。指導記録を一から見直すのには膨大な手間がかかりますが、このように整理しておくことで過去の指導履歴を効率的に見返して活用することが可能になりました。
本件で上記の通り進めていくと、指導チームからは、看護師が反抗的な態度をとることは無く、素直に「はい、はい」と返事はするものの、同じ問題行動を繰り返すなど指導内容を十分理解していないと感じられるとの声が出るようになりました。そのため、弁護士から、これまでの指導方法の修正をアドバイスしました。
これまでは、「指導者」が問題のある行為を指摘し、「指導者」が具体的な改善策を伝え、看護師に問題行動を改めるように指導を行っていました。看護師は、「はい」や「すみません」と答えていれば指導が終わるような状態でした。しかし、これだけでは状況が改善されないため、弁護士から指導方法の変更を助言し、指導者は、看護師に以下のような問いかけを行い、看護師自身で考えた内容を回答させるようにしました。
その結果、職員は「はい」と返事をしたにもかかわらず、何が問題か説明するように求めても説明ができなかったり、前の指導を覚えていなかったりすることが明らかになりました。
看護師は、何度も同じミスを繰り返したり、患者の健康にかかわる重大なミスをすることもありました。そこで、看護師への指導を継続しながら、懲戒処分の対象となる行為について、懲戒処分を行うために必要となる、弁明通知書の作成や、懲戒処分通知書の作成などの準備も並行して行いました。
本件では、結局は、懲戒処分をするまでに看護師が退職を申し出たため、懲戒処分には至りませんでしたが、患者や顧客に危険が及ぶような重大なミスに対しては、懲戒処分を検討することも必要になります。
▶参考情報:懲戒処分については以下の参考記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
本件の看護師は、指導開始後数週間経っても目に見える効果が表れず、指導開始前と同じミスを繰り返していました。そのため、院長や指導チームに焦りが見え始めました。こうした焦りは、多くの方が経験されますが、ここで指導を止めてしまうと望んだ結果が得られません。また、十分な指導資料がないままに解雇等の強硬手段をとってしまうと、後日解雇について紛争化すると、解雇が裁判所で無効と判断されるなどして、かえって解決が遠のくことになります。
そこで、弁護士からは、すぐには効果が見えなくても、指導は徐々に効いてくるものであることを院長に伝え、指導側のモチベーションの維持に心を配りました。円満な解決のためには、弁護士のアドバイスを信じていただき、じっくりと取り組んでいただくことが重要です。
上記のような争点を踏まえて、本事案の担当弁護士の見解を解説していきます。
能力不足の職員により、顧客の信頼を失ったり、そのフォローをしなければならない他の職員の疲弊を考えると、事業者側の不利益は看過できるものではありません。
しかし、そうした場合でも、問題職員を解雇するという方法は、その後の紛争リスクを伴うため、最後の手段と考える必要があります。まずは、職員に対し、適切な指導を行い、自身の業務の問題点を理解させたうえで、改善がなければ、合意による退職を目指すことが適切です。安易な解雇など、問題職員に対する不適切な対応は、労働者側弁護士の介入や裁判を招く可能性があり、かえって解決が遠のきます。
本件では、看護師は、指導開始後、1か月も経たないうちに看護師長に自主退職を申し出て、その後院長に退職届を提出してきました。看護師は、指導にもかかわらず退職申出の直前まで患者に負担をかけるミスを繰り返し、かなり反省した様子も見られました。
看護師が退職を申し出たのは、日頃の指導の結果、自らのミスを深く自覚し、自身の業務水準ではクリニック内で就業を続けることが困難であることを理解するに至った結果であると思われます。もし、弁護士へのご相談の時期が遅れ、解雇などの強硬手段を取っていた場合は、紛争が長期化、泥沼化していた可能性が高く、いつ解決ができていたかわかりません。適切な対処をするためにも、早めに問題社員対応に精通した弁護士にご相談をいただくことが重要です。
咲くやこの花法律事務所の経験からすれば、問題のある職員についても、弁護士に対応をご相談いただき、正しい対応を続ければ、1か月程度で事業者としても納得できる解決ができることが多いです。本件でも、指導チームが弁護士の助言を受けながら対応した結果、1か月が経たないうちに問題を解決することができました。
ただし、適切な指導の「継続」が必要だと理解していても、目に見える効果がすぐに出ない中で、指導を継続してやりぬくことは決して容易ではありません。指導方法が正しいか疑問に感じて続けられなくなったり、効果が無いと早々にあきらめてしまったりすることになりがちです。弁護士のアドバイスを受けながら対応することで、適宜指導方法を修正したり、指導方法が正しいことを再確認したりすることにより、適切な指導の継続が可能となります。
そうした観点から、自社のみではなく、弁護士のアドバイスを受けながら指導を継続することが重要です。
一度退職勧奨を断られたとしても、合意による解決をあきらめる必要はありません。覚悟をもって正しい方法で指導を継続すれば、改善の難しい職員にその点を自覚させ、自ら退職を選ばせることは可能です。
ご相談時に、院長に解雇のリスクをご理解いただき、担当弁護士の示す今後の方針を信じていただけたからこそ、今回の結果が得られました。院長からは、「あのとき依頼をして本当に良かった。」とのお言葉をいただき、大変嬉しく思います。
同様の問題でお困りの際は早めのご相談をおすすめします。咲くやこの花法律事務所の問題社員対応に強い弁護士へのご相談は以下をご参照ください。
▶参考情報:問題社員対応に強い弁護士への相談サービス
咲くやこの花法律事務所の労働問題トラブルに強い弁護士への今すぐのお問い合わせは、以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
この記事で紹介した「退職勧奨を一度断った能力不足の看護師に対して弁護士が支援して指導を継続し退職合意に至った事例」以外にも、問題社員対応に関する解決実績を以下でご紹介しておきますので、あわせてご参照ください。
・正当な指導をパワハラであると反抗する問題社員に対してメールで指導し退職させるに至った事例
・日常的にパワハラをする社員を解雇したところ、不当解雇であるとして金銭請求されたが、弁護士が交渉して退職合意と訴訟回避した事例
・歯科医院で勤務態度が著しく不良な問題職員の指導をサポートした事例
・成績・協調性に問題がある従業員を解雇したところ、従業員側弁護士から不当解雇の主張があったが、交渉により金銭支払いなしで退職による解決をした事例
・遅刻を繰り返し、業務の指示に従わない問題社員を弁護士の退職勧奨により退職させた成功事例
・業務に支障を生じさせるようになった従業員について、弁護士が介入して規律をただし、退職をしてもらった事例
今回は、「退職勧奨を一度断った能力不足の看護師に対して弁護士が支援して指導を継続し退職合意に至った事例」について、ご紹介しました。
問題社員に関するお役立ち情報は、以下でご紹介しておきますので、参考にご覧ください。
・問題社員の円満な解雇方法を弁護士が解説【正社員、パート社員版】