今回の解決事例で書かれている内容(目次)
本件は、会社所有の在庫品を転売して利益を得ていた取締役に対する損害賠償請求について、咲くやこの花法律事務所が依頼を受け、最終的に横領分の返還に成功したケースです。
相談に来られたA社は、インターネットを通じて、バッグ、財布等の小物類の販売を行っているEC通販会社でした。
ある日、社長はA社の在庫品が不自然に減っていることに気付きました。詳しく調べたところ、何者かが、A社でしか取り扱っていないはずの商品を、インターネット上の別サイトで販売しているのを発見しました。
社長が仕入先に問合わせても、「その商品はA社にしか卸していない」とのことでした。
そのため、A社内の何者かが在庫品を横領している可能性が高まりました。さらに調査を進めたところ、別サイトで商品を販売していたのは、A社の取締役Xであることが判明しました。
創業以来、協力してきた共同経営社の取締役Xに裏切られ、何とか責任を追及したいとのことで、A社の社長がご相談にお越しになりました。
・弁護士会照会を活用した調査をもとに6000万円超の横領を自白させ、支払いを誓約させた事例
・横領した従業員に損害賠償を求め、給料の差押えにより回収した成功事例
弁護士がA社の代理人として、取締役Xに損害の賠償を求める通知書を送付しました。
すると、取締役Xより弁護士宛に電話があり、在庫品の横領を認め、賠償に応じる旨を申し入れてきました。弁護士が速やかに賠償金を支払うよう要求したところ、その日のうちに、取締役Xは事務所に請求額全額である約200万円を現金で持参し、弁済しました。
その後、新たな損害が発覚したため、追加で約33万円を請求したところ、取締役Xが再度事務所を訪れ、請求額全額を弁済しました。
最終的にこちらの請求額全額の回収に成功しました。
弁護士は社長と綿密な打合せを行い、A社による仕入から出品・販売までの流れ、在庫管理方法等を詳しく聴き取りました。
打合せによると、取締役XはA社で商品の買付けも担当していたとのことでした。
つまり、取締役Xは、買付け業務中に仕入先と接触する機会があり、自費で商品を購入することも可能だったことになります。そうすると、こちらが商品の横領を主張しても、「自分で購入したものを販売しただけであって、A社の在庫品には手を付けていない」などと反論される可能性があります。
そのため、弁護士は、取締役Xの反論を封じる請求がないか、検討しました。
以下では、担当弁護士の見解をご説明していきます。
損害賠償請求を行う際、まず検討するのが民法です。
他人の所有物を横領する行為は民法上、不法行為にあたります。そのため、横領した者は被害者に対して損害賠償責任を負います。
しかし、裁判で損害賠償を求めることになった場合、賠償を求める被害者側が、横領の事実や損害の発生を立証しなければなりません。
横領等の違法行為は隠れて行われるので、会社内部の者が犯行を行った場合、事実の立証は簡単ではなく、工夫が必要です。
本件で、取締役XがA社の在庫品を転売した行為も横領にあたります。しかし、取締役XがA社の在庫品を持ち出したという客観的な証拠があるわけではないので、横領を認めなかった場合に立証が困難となるという問題がありました。
次に、会社法に基づき損害賠償請求を行うことを検討しました。
取締役は、株主総会で選任され、会社から事務処理の委任を受けている立場にあります。取締役は、迅速な意思決定を行うため、会社の経営判断に関する広い権限を有しています。
一方で、取締役が与えられた権限を適切に行使するように、会社法は取締役の行為について株主によるコントロールが及ぶようにしています。
例えば、取締役は、会社の事業の部類に属する取引(競業取引)をしようとするときは、株主総会で承認を受けなければなりません(会社法第356条1項1号)。
取締役が競業取引を行うと、会社の利益を犠牲にして自分の利益を優先してしまうおそれがあるため、このようなルールが定められているのです。
また、取締役が任務を怠ったときは、会社に対して損害を賠償する責任を負います(会社法第423条)。
これを、取締役の任務懈怠責任と言います。
取締役の任務懈怠責任の対象には、取締役が競業取引の制限に違反したことも含まれます。つまり、取締役が株主総会の承認を得ずに競業取引を行った場合、取締役は会社に対して損害賠償責任を負います。
さらに、取締役が株主総会の承認を得ずに競業取引を行った場合、この取締役が得た利益の額は会社に生じた損害の額と推定されることになっています(会社法第423条2項)。
これらの会社法の規定を、本件の取締役Xについて考えると、以下のとおりになります。
このように、会社法を用いると、取締役XがA社の在庫品を持ち出したことまで証明できなくとも、取締役Xの責任を追求することが可能になります。
このように会社法に基づく請求をすることで、横領行為の立証の困難性を克服することができたことが、本件の成功のきかっけとなりました。
弁護士は、民法に基づく請求、会社法に基づく請求を端的に記載した通知書を作成しました。
通知書では、在庫品も持ち出しが疑われるという点を指摘しつつ、競業取引を行っている以上、会社法上の責任を免れることはできないという点を強調しました。
そして、通知書に弁護士を連名で記載し、内容証明郵便で取締役Xに送付しました。
取締役Xは、通知書の受領後すぐに弁護士宛に電話をかけ、商品の持ち出しを認めて謝罪しました。弁護士が速やかな弁済を要求したところ、取締役Xは、その日のうちに、通知書で請求した金額である約200万円を事務所に持参しました。
その後の調査の結果、さらに約33万円の損害の発生が確認できたため、あらためて取締役Xに通知書を送付したところ、取締役Xは素直に約33万円の弁済に応じました。
当然ながら、取締役XにはA社の取締役を退任してもらわなければなりません。
損害賠償を求める通知書と同時に解任を通知することも可能でした。しかし、弁護士は、通知書の送付と同時に普通郵便で辞任届を送付し、取締役Xに対し、A社の取締役を辞任する意思があれば辞任届を返送するように求めました。
取締役を退任させるためには、株主総会決議で解任するケースと取締役が辞任届を提出するケースがあります。
株主総会決議で解任した場合、後に取締役から損害賠償請求を受ける可能性があります。その場合、会社は解任に正当な理由があることを証明しなければ、賠償責任を免れることができません。
本件のように、取締役XがA社の在庫品を持ち出していたり、競業取引を行っているケースでは解任に正当な理由があると認められる可能性はあります。
しかし、通知書を送付した時点では、取締役Xがどのような反応を示すかわかりませんので、解任すると損害賠償請求を受けるリスクがあります。
このようなリスクを排除するため、取締役Xに辞任届の提出を求めることにしました。
取締役Xは、弁護士の要請を受けて、自ら辞任届を提出しました。
本件では、最終的に、A社は請求額全額の回収に成功し、かつ、取締役Xを辞任させることができました。
相手方に何らかの請求をする際、複数の法律の根拠を用いることができる場合があります。
当事者の関係、契約内容、証拠による立証の難易などの事情を詳細に分析した上で、法律をリサーチして、できるだけ有利な法律の根拠を導き出す必要があります。
本件では、取締役Xが自らの行為を認めたため、スムーズに回収まで至りました。しかし、必ずしも請求を受けた相手が素直に請求に応じるとは限りません。
相手方が事実を認めなかった場合に備えて、どのような法律を使って、どのような請求をするのか、十分に理論武装してから請求に臨む必要があります。
また、本件で、取締役Xから辞任届を取得したように、あらゆる事態を想定して、その後に生じ得る別の紛争の芽も摘んでおく必要があります。
横領された金銭の返還請求のポイントについては以下の記事でも解説していますのであわせてご参照ください。
咲くやこの花法律事務所の業務上横領など労働問題に強い弁護士のサポート内容は「労働問題に強い弁護士への相談サービスについて」のこちらのページをご覧下さい。
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今回の解決実績は、「EC通販会社の在庫品の横領事件、横領した取締役からの回収に成功した事例」についてご紹介しました。
なお、業務上横領に関する対応については、以下の記事で詳しく解説していますので、こちらもあわせてご参照ください。
・従業員による業務上横領や着服の刑事告訴・刑事告発のポイント
・身元保証書とは?従業員の不正発生時に役立つ正しい作り方を解説【書式付】
・従業員の業務上横領での懲戒解雇に関する注意点!支払誓約書の雛形付き
・【未然に防ぐ対策方法】経理従業員の横領・不正防止のためにやっておくべきポイント